ヒューシード





それは、何の為に存在するのだろう。

「離してくれよ、アーロン、お願いだから、なあ、」
怒るでもなく、喚くでもなく、床に座り込み、抱きすくめられながらただ解放を乞う。

何の為に疑似の実を結び、生物が口にするのを待つのか。

「ティーダ、ティーダ…頼む、」
彼を抱く手を緩めるわけには行かない。
けれど、男の腕に拘束され、解放を訴える少年の姿は憐憫を誘い、こうする事でしか少年を止められない己を責める。

「離して、なあ、俺、」

それは何を求めているのか。

「行くな」
「行かなきゃ」

何を、目指しているのか。




「……ティーダ」
疲れたのか睡魔に負けたのか、寝息を立て始めたティーダを抱き上げると、アーロンはその額にそっと口付けた。
「すまない…」
起きる気配のないティーダをベッドに寝かせてやり、シーツを引き上げる。
最初に外へ行こうとした時は、アーロンによってティーダは我に返り、事無きを得た。
だが、それから暫くしてまたティーダは外へ行く、と言い出したのだ。
それもアーロンが窘めたが、今度はティーダが引く事はなかった。
「行くったら行くっす」
口調こそいつも通りだったが、その表情は淡々としており、明らかに普段と違っていた。
皆が一様に引き止めたが、それでもティーダは外へ行くと聞かず、アーロンは彼を部屋へ閉じ込めたのだが。
「行かなきゃ」
宥めても、軽くその頬を叩いても、ティーダがアーロンを見る事は無く、ただひたすら外へ出ようとする。
果てには窓から下りようとまでする始末。
「行くな」
そう己の腕でティーダを戒めると、彼は抵抗を止めた。
「離してくれよ…」
アーロンの胸に背を預け、ただ解放を希う。
だがそれが聞き届けられる事はなく、やがてティーダは眠りへと落ちていったのだ。
「……」
アーロンは壁に立てかけてある、睡眠攻撃改のセットされた己が剣を取って柄の部分をこつ、とティーダの頭に当てる。
すると、仄かにそれは光り、すぐにまた消えた。
これで朝まで起きる事はないだろう、とアーロンは張り詰めた息を吐いた。
するとどっと疲労が押し寄せて来てアーロンはまだ来たままだった紅の上着を脱いで自分のベッドの上に放り投げた。
アーロンは寝息を立てるティーダにゆっくりと覆い被さっていき、その唇を優しく啄む様に口付ける。
「……」
二度、三度と口付けを繰り返した後に顔を上げ、その金の髪をそっと梳いてやってアーロンは名残惜しげに身を起こした。
椅子を引き寄せ、それに身を預ける。
その間もアーロンがティーダから視線を逸らす事なく、見守り続けた。
何であろうと、この子を渡す積もりはない。
「……」

だが、思う。

お前は、何を目指しているのだ、と。





「……ん…」
ぴく、とティーダの瞼が震え、薄らとその瞼の奥からスカイブルーの瞳が現れた。
「…調子はどうだ」
ティーダの目覚めに気付いたアーロンが声を掛ける。すると、そこに至り、漸く傍らに座るアーロンに気付いたらしく、視線をアーロンへと向けた。
「…アーロン?」
「寝呆助の割に今朝は早いな」
きょとんとした表情のティーダに苦笑交じりにそう言うが、それでもティーダはまじまじとアーロンを見上げたままのそりと起き上がる。
「どうした」
ティーダの様子にアーロンは怪訝そうな顔になる。
また昨夜の様にどこかへ行こうとするのだろうか。
「アーロン、だよな?」
確認を要するティーダにどうかしたかと問うと、彼は呆然として呟いた。
「俺、何か、眼、おかしくなってる」
見えないのかとティーダの眼を覗き込むと、彼はそうじゃない、と首を振った。
「なんつーか、サーモグラフィーみたいっす…」
「体表温度表示のアレか?」
「そう、それっす」
「ヒューシードの影響か…」
「だろーね。あ、でも「行かないと!」っつーのは無くなってるっす」
その言葉にアーロンはふとティーダに問い掛けた。
どこを目指しているのか、と。
「ん〜……どこ、って言われてもなぁ…?」
「分からないのか」
「なんつーか、「何処」へ行きたいっつーのはないんだよな。足が勝手にどっかへ向かって行くって感じ」
ならば何の為に、と問うても同じような応えが返って来るだけだった。
何にせよ、打つ手が見付からない今、彼等にできる事は、何もなかった。





(思いもよらず続いているのでちょっとビビリはいったりして続く)



(2002/04/12/高槻桂)

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