ヒューシード





「飯は食べれそうか」
アーロンの問いに、ティーダはひょいっと肩を竦めた。
「無理っぽいっすね」
だが、だからとハイそうですかと言うわけにも行かない。
「良いよ、水だけで」
お腹空いてないし、とティーダは苦笑する。
「とにかく、食堂に行くだけ行くぞ」
食べなくとも、せめて皆の前に顔を出して置けというアーロンにわかった、とティーダは頷いてベッドから降りた。
「うわっ?」
力が入らなかったのか、かくりとその場にへたり込んでしまったティーダに手を差し伸べてやると、彼は決まり悪げに笑ってその手を取った。
「?お前、」
そこでどう言葉を繋げて良いか迷い、アーロンは言葉を詰らせる。
「どう、したんだ、この手は」
添えられたティーダの手は、不自然なほどに硬かった。
それは筋肉や皮膚の発達による硬さではなく、筋肉が固まった、まるで、死後硬直中のそれのようだった。
「へ?何が?」
ティーダは自分ではわからないらしく小首を傾げている。
まさかとアーロンは彼の脚にも手を伸ばすと、やはり一見変わりのないその脚は暖かみはあっても非常に硬くなっていた。
まさか、と信じ難い予感が胸を過ぎる。
「ティーダ、立てるか」
その手を引いてやり、引き起こしてやると思いの外あっさりと彼は立ち上った。
だが、それに安心する事はできなかった。
「う、わ…!」
一歩と歩かぬ内にまたティーダがへたり込んでしまったからだ。
「…なんか、歩けないっす…」
落ち込み気味にアーロンを見上げてくるティーダ。
振り払いたい予感は、ほぼ確実に肯定されるだろう。

それは感覚で把握し、目は必要はない。
それは大地に根を張り、歩く事はない。

否まさか、と思う。
それでも、それを否定してくれる材料はここにはない。

「なあ、アーロン、」
立てない、目も見えないという現実に、ティーダが引き攣った笑いを浮かべ、見上げてくる。
「俺、まさか、さァ、」
このまま樹になっちまったりして。

馬鹿な事をと否定する事も、御伽噺かと嘲笑する事も、アーロンにはできなかった。






アーロンにしかと抱えられたティーダの姿を見て、マカラーニャの祈り子は明らかにその表情を強張らせた。
「祈り子様、ヒューシードとは何なのですか?!何かご存じでしたら教えてください…!」
ユウナが祈り子に問い掛けると、彼女は悲しげに視線を伏せた。
<…ヒューシードは、我らが召喚士を補佐するために生み出したもの…>
「補佐?」
<お前たちが幾つか所持する特別な武器…七曜の武器がそうだ>
祈り子の言葉に一同ははっとする。
確か、今までに発症したのも七人ではなかったか。
<ヒューシードは、あの森の至る所に実を結んでいる。…召喚士ユウナ、恐らく貴方も口にしたはず>
「え…でも、私は何とも…」
<そう、発芽には幾つかの条件がある。全ての条件が当て嵌まらないと発芽しないために、ごく稀なのだ。だから、民の殆どがその存在に気付かない>
「条件?」
<…発芽の条件は、その実を体内に入れること、実と食べた者との波長が合うこと、誰かの役に立ちたいと強く願う者、そして…何より、生きることを放棄した者…>
その言葉に皆の視線がティーダへと向かう。
生きることを放棄した者。
それは、誰より明るく輝いていたティーダからは最も掛け離れたものだと思っていたのだから。
「ティーダ…」
リュックが信じられない思いでアーロンに抱えられているティーダに近付く。
ティーダはじっと目を閉じたまま、ぴくりともしない。
今は毛布に包まれている四肢は旅行公司で見た時にはそれこそ樹皮の様で、腕や脚先はいびつに歪んでいた。
通常より遥かにゆったりとした呼吸。それだけが、ティーダの生きている証だった。
<「あの街」で生まれたティーダが波長が合うのは当然の理>
「あの街…?ザナルカンド、ですか?」
ルールーの問いに祈り子は是、とも否、とも答えない。
例え、それが肯定されたとしても、何故ザナルカンドの人間だから波長が合うのか、という事は彼女たちには分からなかっただろう。ただ一人、アーロンだけがぴくりと反応を示した。
「あの…誰かの役に立ちたくて、生きる事を放棄した者、というのは召喚士は当てはまらないのですか?」
<召喚士は召喚獣という深い拘わりを我らと持っている。その為にヒューシードを口にしても変化は無い。何より、召喚士を補佐する為に生み出したものが召喚士の足を止めてしまっては話にならない>
大抵の者は、波長が合わないか生への執着から発芽することはない。
<だが…>
ティーダは明るく振る舞う奥底では、生きることを放棄していたのだろう。
「何故、ティーダは…」
ティーダが何故生を放棄したのかが分からないユウナ達は首を傾げるだけだ。
アーロンですら、漠然としたものしか掴めず、苛立ちだけが先走っている。
祈り子はその問いにも答えず、ただ、彼等の希望を否定するだけだった。
<既に最終段階まで進んでいる。最早、治す手立ては無い>
「そんな…!」
「…ァ…ロン……」
「!!」
腕の中から微かに聞えた声に、アーロンは毛布に包まれたティーダを見下ろす。
「ティーダ?」
アーロンの声が聞えたのか、ティーダは薄らとその重い両の瞼を押し上げた。
「……泉へ……」
「泉?」
ぼそり、と最低限しか口にしないティーダにアーロンが鸚鵡返しに問う。
<マカラーニャの聖なる泉へ、連れていきなさい>
そこで、ヒューシードは完全なる姿を得る。
そう告げる祈り子に、アーロンは激情を押し殺した声で問う。
「他に、方法は無いのか…!」
<無い。ただ、発芽した者がどういった力を得るかは、実際になってみないとわからない。本人がどう役に立ちたいかによって変化するのだから。…今までの七人は、道を切り開く力を召喚士たちに与えたいと願っての事>
けれど、と祈り子はスフィアの上からティーダを見下ろす。
ティーダは己の身に起こっている事を理解しているのかいないのか、ぼうっとしてアーロンの胸に頭を凭れ掛けている。
<その子が、何を願っているのかは、我らには分からぬ>
もしかしたら強大なる力だけを得て、元に戻るやもしれぬ。
<…全ては、その子の思い次第>
「……」
「アーロンさん!」
アーロンは無言で踵を返し、その場を後にしようとする。
「……ぇさん…」
だが、ティーダが何かを呟き、足を止める。
「ティーダ?」
「…歌を……」
「歌?」
それきりティーダは眼を閉じてしまい、アーロンがその真意を得る事は適わなかった。
ただ一人、その意を得た祈り子だけが、微かに頷いた。

寺院を後にするアーロンたちを追う様に、祈り子の歌う祈り歌が、いつまでも響いていた。








(2002/06/11/高槻桂)

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