タイムリベンジャー
ここ、何処だろ。 眼が覚めたティーダはまず第一にそう思った。 「……?」 きょと、と辺りを見回しても、そこは何処かの道端で。 どうして、自分はこんな所に居るのだろう。 考えてもそれは一向に分からなくて、ティーダはこく、と首を傾げる。 「?」 何気なく動かした指先に硬い何かが触れ、ティーダは視線を指先に落した。 「……フラタニティ?」 指先に当たったのは、一振りの剣。 刀身は水のように透き通り、気泡が封じ込められていてとても綺麗だった。 そうだ、これはとても大切なものなのだ、とフラタニティを手繰り寄せ、しっかりと握る。 「よっと」 いつまでもこんな所で座り込んでいるわけにもいかない。ティーダは立ち上って再び辺りを見回した。 「…あ」 左手側に視線を向けると、幾ばか離れた十字路から丁度三人組の男が出て来た。 その三人はこちらにいるティーダに気付く事無く左に曲がり、ティーダに背を向け歩いていく。 ティーダは慌てて駆け出すと、その三人の中、赤い服の男の後姿を一心に追う。 「?」 気配と足音に気付いて男達が振り返る頃には、もうティーダは間近まで来ていて。 「アーロン!!」 嬉々とした声を上げてがばっと赤い服の男に飛び付き、その顔を見上げた途端、喜びに染まった笑顔が固まった。 「……違う…」 ぽかんとして見上げる男の表情は、ティーダの突然の行為に驚きを隠せないといった表情で見下ろしている。 「えっと、その…人違いでした、ごめんなさい」 一気に自分のした事への羞恥が溢れ出し、ティーダは真っ赤になりながら男から離れた。 「いや…」 短い応えの声音に、あれ?とティーダは顔を上げる。 「やっぱりアーロンじゃ…って、あれ?」 あれれ?とティーダは首を右に、左にと傾げる。 「あーろん?アーロン、あーろん??…アーロンって誰だっけ?あれ?」 うーん、と考え込んでしまったティーダに、どう反応して良いのかわからない紅衣の男は途惑ったように隣りに立つ主を見遣る。 主も柔和そうな笑みを消し、さあ?とこちらも不思議そうに首を傾げている。 「ねえ、君」 その主が尚も考え込む少年に声をかけた。 「あ、はい?」 ぱっと顔を上げて男を見上げる。そこには召喚杖を持った男がにっこりと人当たりの良い笑みを浮かべて少年を見ていた。 「君は、アーロンの知り合いなのかな?」 男の問いに、ティーダはまた首を傾げた。 「…多分。そうだと思ってたんすけど、なんか、こう、違和感が…それに、考えれば考えるほどわかんなくなってきちゃって…」 凄く良く知ってると思ったんだけどなあ、と少年は呟く。 「アーロン、この子知ってる?」 紅衣の男はやはりアーロンというらしく、男に問われ、首を横に振る。 「いえ、初めて見ます」 と、視線を再び少年に戻し、ぎょっとした。 「…あ、いや、その……」 少年が今にも泣きそうな瞳で自分を見ていたので。 「……すまない」 別に自分が悪いわけではない筈なのに、アーロンは罪悪感に苛まれてつい謝ってしまう。 「おい、坊主」 不意に掛かった声に、ティーダはびくりとそちらを見る。 アーロンの隣りに立っていた三人目の男。 ざんばらに伸びた黒髪に、眼の色と同じ赤いバンダナを巻き、無精ひげを生やした男。 「……なに」 何故だか、無性に複雑な思いが駆け巡った。 苛付き、寂寥。どう名を付けて良いのかわからないモノ。 その中で、一番大きかったのは、苦手意識。 「ココんとこの、どこで手に入れた?」 ちょい、と指先で己の左耳と胸元を指した男に、ティーダは男の示した場所にぺた、と手を当てた。 そこには、ひんやりとした銀のペンダントヘッド。左耳にも同じデザインのピアスが光っている。 「?何かのお祝いにアーロンが……」 不機嫌そうな声音でそこまで口にし、ティーダは気付いた。 「……アンタ、何で」 男の日に焼けた上半身に刻まれた刺青。 それは、己のピアスやペンダントヘッドと同じ象りで。 「オマエ、何処から来た?」 「…なんでアンタにそんな事教えなきゃなんないんすか」 じり、と一歩後退して男を睨み付ける。 「ザナルカンドから来たんじゃねえのか?」 「ざなる、かんど?」 初めて聞く筈の名前なのに、何故か耳に馴染んでいるそれを鸚鵡返しに口にする。 「ザナルカンド…ザ、ナ、ル、カ、ン、ド……」 一つ一つ区切って呟いてみるが、思考に靄が掛かったように思い出せない。 「…わかんないっす」 幾ら考えても晴れない靄を払う様に、ティーダはふるっと首を左右に振る。 「いろいろと、知ってる筈なのに、わかんない…全部、ぼやーっとしてて、思い出せない……」 幼い子供の様に片方の拳を口元に当てて俯くティーダに、召喚杖の男は少し身を屈めて視線を合わせ、優しく問い掛ける。 「君の名前は?わかるかい?」 「……ティーダ」 「ティーダ?!」 バンダナの男が声を上げ、ティーダはびくっと体を揺らした。 「ジェクト、煩いよ。ティーダ君がびっくりしてるじゃないか」 「ビックリしたのはこっちだっつーの!俺の息子と同じ名前なんだよ!」 「へえ?そりゃあ奇遇だね」 「オイ、お前親は」 「親…?」 問われて初めて気付く。 そう言えば、両親はどんな人だったのだろう。 「……覚えて無い」 ああ、でも。 「……二人とも、大嫌いだった……気がする」 その答えに、ジェクトはへえ、と意外そうな顔をした。 「なあティーダよ、オマエ、これからどうするんだ?」 「……知らない」 「おっし、ならブラスカ!コイツ連れていこうぜ!」 「ジェクト!お前何を馬鹿な事を…!」 それまで黙って事の成り行きを見守っていたアーロンが声を上げる。 「うっせえな、黙ってろよアーロンは。なァ、良いだろ?」 本人の意志をキレイサッパリ無視したジェクトの言葉に、ブラスカはうーん、と唸る割に然程悩んでいる様子が無い笑顔でそうだねえ、と呟く。 「ティーダ君はどうかな?記憶障害が戻るまで、良かったら一緒に行かないかい?」 「ブラスカ様!!」 抗議の声を上げるアーロンを無視し、「それなりの危険はあるけどね」とブラスカと呼ばれた男が告げ、ティーダはアーロンへと視線を向ける。 「俺が居たら迷惑、なんだよね…?」 「いや、その、だから……」 しゅんとしてしまったティーダの視線に、何故か逆らえないアーロンは視線を彼方此方へとさまよわせる。 「その……本当に、良いのか?」 「!」 アーロンの言葉に、ティーダの表情が見る間に明るくなる。 「うん!!」 この上なく幸せそうな少年の笑顔に、男どもは暫し見惚れる事と相成った。 (続く) (2002/04/01/高槻桂) |