草原愛歌
「ゃぁ〜あぁるったぁあ〜あ、らんたったぁらぁら〜♪」 だだっ広いナギ平原に、少年の歌声が風に乗って微かに響き渡る。 文字だけ見ると酔っ払いの戯言に聞えるが、一応歌だ。 歌っている本人が歌詞を知らないが為に音だけをなぞっているのだ。 「なあに?その歌」 隣りを歩いていたユウナが歌う主に声を掛けると、歌声は止まり、変わって「うーん?」と考え込む声が聞える。 「よくわかんないッス。旅行公司で流れてたのがずーっと耳に残っててさぁ」 「そういえば流れてたね。余り聞かない歌みたいだったけど…」 「『草原愛歌』。ペルペル族の童歌」 「「え?」」 背後から上がった声に、二人は振り返る。 「キマリ、知ってるの?」 ユウナの問いに、ロンゾの青年は小さく頷き返した。 「草原愛歌、人間に恋したペルペル族の青年の歌」 「へーえ、悲恋モノなワケ?」 「違うわ」 今度はティーダからの問いに、キマリに変わってルールーがそれに答えた。 「旅をしていたペルペル族の青年はこのナギ平原で一人の女性と出会ったの。まあ、一目惚れってヤツね。でも自分は他族だから声を掛けられずにいたの。そうしたら向こうから声を掛けられてね。一人で心細かったのかは知らないけれど、とにかく二人はマカラーニャで別れるまで一緒に旅をしたらしいわ。それから何年かして、二人はルカで再開したの。女性の方が青年の事が忘れられなくて探してたのね。でも異種族で結婚なんて許されなかったから結婚は出来なくて、それでも二人は同棲という形で終生を共にしたらしいわ。それを歌にしたってワケ」 「「「「へえー」」」」 ルールーの説明に、ティーダ、ユウナ、リュック、そしてワッカの声が重なる。 「ルー、お前よくそんな事まで知ってんな」 「アンタ、ズーク先生の話聞いてなかったわね?」 全く、と溜息を吐くルールーに、ワッカはあれ?と首を傾げる。 「先生が教えてくれたのか?」 「そうよ。ここの旅行公司に入った時、アンタが先生に聞いたんじゃない。この歌は何だって」 「あっれ、そうだったか?」 「呆れた。鶏なのは髪型だけにして頂戴」 ニワトリ、の一言にリュックとティーダがぷっと吹き出した。 「ニワトリだってさ!」 「うっせえ!」 ワッカが拗ねてそっぽを向き、リュックがそれをからかう。 「そういう歌だったんだね。初めて聞いた」 ユウナがそう見上げると、ルールーはそうね、と苦笑した。 「この歌は、この辺りでしか歌われないから」 「どうして?」 「……彼らの時代はね、異種族間での恋愛は今以上の禁忌とされていたの。下手すれば死罪、そんな時代だったのよ」 ルールーが口にするのを躊躇ったのは、僧官とアルベト族の間の子であるユウナを気遣っての事だったが、ユウナは「そっか」とだけ呟いてさして己の事を気にした様子はなかった。 「でもさ、それはそれで良かったんじゃねえの?」 しれっとして言うティーダに、ルールーが溜息を吐く。 「アンタねえ…」 「だ、だってさ、そりゃ辛い事もあっただろうけど、幸せだったんだろ?なら良いじゃん。俺は好きな奴と一緒に居られるのが一番幸せだし、好きな奴と一緒に居られないのが一番辛いよ?」 ぼそぼそと決まり悪げにそう言いながらルールー達から視線を逸らす。 「あ?何だよ、アーロン」 逸らした視線の先でこちらを見るアーロンと目が合い、その何か言いたげな視線にティーダが突っかかる。 「…騒がしさに目が行っただけだ」 ふいっと逸らされたそれに、ティーダは納得の行かないままにも「あっそ」と肩を竦める。 やはりあの二人の子供だ、と思った事は告げない方が良いだろう。 そう内心でアーロンはくつりと笑う。 「うわぁ…」 上がった声に視線を向ければ、年少組が感嘆の声を上げていた。 「キレイ〜!」 「スフィアに収めたいねぇ」 自分達の歩いている場所から少しばかり離れた場所、丈の長い草むらが風に揺れて波打っていた。 陽射しに照らされ波が光り、草の海を創り出す。 この一帯には二種類の草しかない。今自分達の足元に映えている丈の短い草。 そして目の前に広がる、腰近くまで伸びる草。こちらは肌触りの良い鮮やかな緑の為、花束などの引き立て役などにも使われている物だ。 「ねえねえ!ここで休憩しようよ!」 「そうしよう?そろそろ御昼だし、調度良いよね!」 「さんせーい!」 リュックの提案にユウナが賛成し、更にティーダも声を上げる。 こうなってしまえば年少組に甘い大人達が異論を唱える筈も無く、溜息と共に可決された。 「良いけど、余り草むらに入り込んじゃダメよ。モンスターだけじゃなく、蛇とか出るかもしれないでしょう?」 「はーい!」 返事は聞えるものの、本当に理解しているのだろうか。三人揃って草むらへと入っていく。 入り込んでは居ないが、見守っているこちらは気が気でない。 「ゃあんらぁらぃらっらぁあ〜たーたんたぁるんたっらぁ〜」 風を受け止めるように両腕を広げ、草に囲まれながらティーダは歌い、くるりと回った。 風に靡き、光を反射して揺れるそれは光よりも眩い金を放つ。 「らぁ〜あぁら〜…「ゃらるーるぅるりる〜、「らんらぁりぃりぃらんららららぁらるるるるぅ〜」」」 ティーダのハミングをユウナが合わせ、それに続いてリュックの声もそれに交ざった。 草原の中を抜けていく歌声に、保護者達は「仕方ないな」と言った小さく笑みを洩らし、子供達を見守っている。 『ぁあ〜ぁああ〜…やあ美しいお嬢さん、私に声を掛けてくれるのかい? 広い草原に、幼い歌声が響く。 |