伝えたい時伝えたい事




シパーフ乗り場近くにある宿屋に部屋を取った一行は、少し遅目の夕食を済ませていた。
今回この場所へ来たのはモンスター集めのついでだった。うろうろしている内に暗くなってしまった為に、飛空挺に戻るのは明日にして今夜はここに宿を取る事となったのだ。
「なあ、もし過去へ戻れるとしたら、何する?」
「何だ?突然」
他の面々の心境を代表してワッカが問い返した。
「昔さ、過去へ行って未来を変えるっていう映画見たなーって思って」
「エイガ?」
聞きなれない単語にユウナが首を傾げる。
「あ、えーっと、お芝居?をスフィアに収めたものみたいな感じ、っすかね?」
「あたしは戻りたいとは思わないなぁ」
かちゃんとカップをソーサーに戻し、リュックはそう呟く。
「そりゃあさァ、あの時こうしてれば、とか、思うけど、やり直してまでそうしたいとは思わないなぁ」
「そうね。確かにどうにか出来るものならどうにかしたいと思う事もあるけど、それは受け止めるしかないもの。後悔の無い人生なんてものが、存在しない様にね」
「それもそっすね」
「チイはそういうの、あるんだ?」
リュックの問いに、ティーダは首を傾げる。
「うーん?やり直したいっつーか、見てみたいってのはあるかな?」
「何を?」
「アーロンやオヤジやユウナの親父さんが旅してるトコ」
ティーダの一言に、皆の視線がちらりとアーロンへと向けられる。
「……そんなもの見てどうする」
当のアーロンは淡々としたものだ。
「だってさ、オヤジとアンタって相性悪そうなのにスフィア見ると結構仲良さそうだったじゃん。だから面白そうだなーって。アンタ話してくれないし」
「話す必要が無い」
わかってはいたがあっさりと切り捨てられ、ティーダは詰まらなそうに唇を尖らせる。
「けーち」
「けちで結構」
アーロンは付き合ってられん、と席を立ち、食堂を出ていく。
「んじゃ、俺らも部屋に引き上げますか」
ワッカがそう席を立ったので、ティーダ達も次々と席を立った。
「御馳走様」


「あ〜あ」
廊下でそれぞれ別れ、ティーダは割り当てられた部屋へ向かいながら大きな伸びをする。

――あたしは戻りたいとは思わないなぁ

「……」
蘇ったリュックの言葉に、ティーダは足を止める。

――そりゃあさァ、あの時こうしてれば、とか、思うけど…

目の前の扉から視線を外し、ティーダは俯いた。
『ジェクトに会いたいんだね』
「?!」
背後から上がった声に、ティーダは振り返る。
「お前…!」
そこに居たのは、藍のフードを目深に被った少年だった。
その体は半透明で、向こう側が朧げながらも透けて見えている。
バハムートの祈り子だ。
『君はジェクトとの溝が彼の不器用さの所為だとわかった。本当は愛されていたんだって。だけど、このままだと君たちは言葉を交わす前に戦う事になる。だから、君はジェクトに会いたいと願ってる。会って、謝りたいって』
「そう、なんだろうな…」
『連れていってあげる』
「へ?」
ティーダが素っ頓狂な声を上げると、すっとバハムートの祈り子は両手をティーダに翳す。
『僕たちには、これくらいしかできないから…』
辛い思いをさせて、ごめんね。
「ちょっ…!」
ティーダが何か言うより早く、その体は光となり、意識が真っ白になる。
『君に、ささやかな慈悲を…』
そう囁き、祈り子の姿も掻き消えてしまった。




「……ん……、!!」
頬を擽る草の感触と土の匂いに意識を引き上げられ、ティーダは薄く開いた瞳が眼前で揺れる草を認めると同時に飛び起きた。
「…ここ、何処ッスか……」
スピラに飛ばされて来た時もそんなようなセリフばかり吐いていた様な気がする。
ティーダはそんな事を考えながら土を払いながら起き上がり、辺りを見回す。
「んー…マカラーニャの森じゃあないみたいだけど…」
マカラーニャの森の、氷の神々しさはなく、どちらかというと熱帯的な森林だ。
それにしても、とティーダは樹や草を押し退けて進みながら思う。
「ここ、いつなんだろ」
バハムートの祈り子は過去に飛ばすと言っていたが、その当人の姿も見えない。
「あ、フラタニティ発見」
飛ばされた時に持っていたものは一緒に飛ばされたらしい。
ティーダはフラタニティを取り、再び草木をかき分けて進んでいく。
「うん?」
ふとティーダは足を止めて耳を澄ました。
前方から声らしきものが聞える。
「ラッキぃ!」
これで少なくとも今がいつなのかわかるだろう。
ティーダは背の高い草たちに足を取られつつも、ざかざかと声の持ち主目指して駆け出した。
「…げっ?!」
前が開けた!と思ったと同時に前へ踏み出した足が空を踏んだ。
声のする方へ、との考えしかなかったティーダは空を分で漸く切り立った場所へ踏み込んだ事に気付いたが、時既に遅し。
(落ちるっ!!)
咄嗟にフラタニティを投げ捨てる。今にも激突しようとしている地面と自分の間に剣があったなんて日には上半身と下半身が離婚しかねない。
「っ!」
全身を襲う痛みと衝撃に身を固くすると、ぼすんっと予想外の衝撃がティーダを包んだ。
「……あ、あれ?」
襲ってこない痛みと、仄かな暖かみにティーダは恐る恐ると目を開けた。
黒のシャツに包まれた胸元、その上に羽織られた赤い衣が目の前一杯に広がっていた。
それは、良く見慣れたもので。
「大丈夫か」
頭上から降ってくる声も、多少青臭さがあるものの、耳に馴染んだ声で。
そろ、と見上げてみれば、スフィアの映像の中だけでしか見た事の無い、まだ傷の無い顔があって。
「……あーろん?」
これ以上にないくらい目を真ん丸にしてそう呼ぶと、呼ばれた方の目も驚いたように見張られた。






(続く)



(2002/03/29/高槻桂)

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