伝えたい時伝えたい事




「何故俺の名を知っている?」
「えっと…そ、その前に下ろしてもらえると有り難いんすけど…」
へへっと乾いた笑いを浮かべてそう訴えると、アーロンはそういえば、とティーダを下ろした。
「その、えっと、ありがとう、助けてくれて」
いやまさか落ちるとは、と決まり悪下に笑う。
「では答えて貰」
「はい、君の剣」
「へ?」
アーロンの詰問を遮って横から掛かった声に顔を向け、そこにあった柔らかな笑顔に「あ!」と声を上げる。
「ユウ…!じゃなくてありがとうございます!!!」
思わずユウナの親父さん!と指差して叫びそうになり、ティーダは慌てて差し出されたフラタニティを受け取った。
「いえいえ。物音が聞えるからモンスターかと思って身構えていたんだけど、落ちて来たのが君で驚いたよ。君、仲間と逸れたのかい?」
「え、まあ、はい。その、ここ、何処ですか?」
無茶苦茶に走って来たので、と言い訳紛れに言うと、男はそれは災難だったね、と相変わらずの笑顔で答えた。
「ここはミヘンの街道だよ」
「ミヘン街道?!」
言われてみて見回せば、確かにミヘン街道の旧道のようだ。
景色が違って見えるのはまだ新道が無く、その為の地形変動が行なわれる前だからだろう。
「君は何処へ行くんだい?」
「えっと…」
「ブラスカ様、」
「アーロン、煩いよ?」
にっこりと発言を却下されてしまい、アーロンは渋々口を閉ざす。
そんな手玉に取られているアーロンを見るのは初めてで、ティーダはぽかんとして二人のやり取りを眺めてしまう。
「で、何処へ行くんだっけ?」
「その…」
仲間たちはシパーフ乗り場近くの宿屋に居るが、それはティーダの時間軸での事。
「…ザナルカンド」
とにかく何処でも良いから地名を言わなければ、と口を開いたが、その口を滑って出たのは帰る事の適わぬと分かった故郷の名で。
「ザナルカンドだと?」
アーロンの警戒心の篭もった声にしまった、と思う。
「お前、召喚士ではない様だが、誰かのガードか?」
召喚士は一重にロッドを武器とする。それはロッドが何よりも召喚士の力を引き出し、同時に無駄な殺生で召喚士としての力が汚れるのを防ぐ為だ。
そしてザナルカンドを目指すのは召喚士とそのガードのみ。それ以外の者は如何なる理由、目的があろうとロンゾ族が通してはくれない。
「お前、何者だ」
敵意の篭もった視線がティーダに突き刺さる。
初めて向けられるアーロンの敵意にティーダはびくりと身を竦ませた。
「俺は…」
「おいブラスカ!アーロン!」
硬い空気を割って入ったのは、知った声だった。
「やあお帰り。薬草摘むのに随分時間が掛かったねえ、ジェクト」
にこやかに男を迎えるブラスカの告げる名に、ティーダはその場から逃げ出したい衝動に駆られて視線を足元に落す。
「悪かったな。だったらてめえで行けよ」
悪びれもせず言う男の声は、確かに父の声で。
「嫌だよ。私が森に入ったら服が汚れるだろう?君たちだけで行くと喧嘩しそうだし、私は一人になってしまうじゃないか」
「てめえなら十分モンスターどもに勝てる」
「やだなあ、私はこんなに非力なのにねえ」
けっ、と笑い飛ばすジェクトの声も、未だ嫌疑の視線を無言で向けてくるアーロンのそれも全く気にならないほどティーダは焦っていた。
どうしよう。
その言葉が延々と頭の中を巡っている。
「で、何だ?このガキ」
ジェクトの視線が自分に向けられたのを感じ、咄嗟にティーダは視線をジェクトとは反対側へと逸らす。
「さっきそこから落ちて来たんだよ。どうやら仲間と逸れたらしくてね」
そこ、とブラスカが斜め上の崖を指差して説明している。
「はーん。どうせ落ちてくんなら女の方がありがてえのにな」
口調だけで分かる。きっといつもの様に腕を組み、あの笑みを浮かべながら自分を見ようとしない少年をじろじろと眺めているのだろう。
「どっちも同じだろうに」
「だってよ、男ばーっかの旅で潤いってモンがねえんだよ。あーあ、さっさとザナルカンドへ帰って嫁さんのベッドに潜り込みてえぜ」
そう笑う声に、すっと頭の中を渦巻いていた混乱が冷えて消えた。

――ジェクト……

逢いたいと、帰って来てと呟きながら見る間に衰弱し、置き上がる事も侭ならなくなった母。
毎日押しかけてくる金目当ての親戚達。
やがて母は儚く散った。
結局、只の一度も息子を見る事はなく。

ああ、イライラする。

「おい、いい加減面あげろや」
「……」
ジェクトの声に誘われるようにティーダはゆらりと顔を上げ、ジェクトを見上げる。
「…こりゃ偉く美人だな」
「でしょう?凄く綺麗な眼をしている」
ジェクトが感嘆の声を上げ、ブラスカが賞賛する。
けれど、それはどれもティーダには届いておらず。
「なんかよ、俺の嫁さんに似てんな、お前」
当たり前だ。誰の子だと。
「おい、名前はなんつーんだ?」
記憶と同じように笑う男に、は、とティーダは小さく笑う。
「これはどうもハジメマシテ、ティーダ君ちのお父様」
驚いて目を丸くする父の表情が、何故かとてもとても可笑しくて、ティーダは再び、は、と短く笑った。







(続く)



(2002/03/30/高槻桂)

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