伝えたい時伝えたい事




「んで、ティセラが死んでからどうやって暮らしてたんだ?」
簡素な夕食を終えた後、ジェクトがそう聞いて来た。
「施設に入れられそうだったんだけど、アーロンが」
そこまで口にしてはっとする。
馬鹿だ、自分は大馬鹿だ。どうしてこうも口が軽いんだろう。
「アーロン?コイツか?」
ジェクトの指差す方を恐る恐る見ると、思わぬ所で名が出た彼はいぶかしげな視線を返して来た。
「ちっちっ違うっすよ!いやもう全然別人っす!!」
「でも落ちて来た時、アーロンを「アーロン?」って呼んだよね?」
慌てて弁解するティーダにさくっとブラスカが突っ込み三者三様の視線にティーダは内心で頭を抱えた。
「えーっとええーっと、その、アーロン、ザナルカンドに飛ばされて来てね、」
「はあ?!俺様は?!」
「えっと…スピラ」
「何でアーロンがザナルカンドで俺様はスピラ留まりなんだよ!」
「し、知らないよ!!とにかくアーロンが俺の後見人になってくれたの!!」
さすがにアンタがシンだからとは言わなかったが、もうこうなってくるといっそ清々しいまでにネタバレオンパレードだ。
「俺が?お前を?」
「あ、その……うん」
驚きの声でそう確認され、ティーダはゴメンナサイ、と小さく洩らした。
「いや、謝るような事でも…」
「ちゅーことはアレか!てめえ俺のティーダの成長過程を間近で見守ってたってわけか!俺様を差し置いて!!」
「バカかお前は!10年後の事を言われても知らんわ!」
「あーっもうぜってえお前ティーダに手ぇ出すなよ?!」
「阿呆!!誰が子供に手を出すか!!」
「わっかんねえだろ!ティーダはちっちぇえ頃からわんさか男に絡まれてたからな!」
「そんなヤツらと一緒にするな!!」
あーあーアーロンさん、めっさアンタに手え出されてますよボクー。
アハハーと乾いた笑いを浮かべながらそう心の中で告げる。
「あれ?」
ふと呼ばれたような気がして振り返ってみると、そこには当然の如く夜の帳が下りた大地があるだけで、何も無い。
「どうかしたかい?」
ブラスカの声に、ぎゃあぎゃあ喚いていた二人もぴたりと止めてティーダを見る。
「……誰か、呼んでる」
視線をそのままに立ち上ると、きょろきょろと見回しながら暗闇の中へと足を進めていく。
すると、ティーダを待っていたようにふわり、と蛍の様な光がいくつか浮かび上がった。
「おや」
闇に舞い下りたそれにブラスカが声を上げる。
「祈り子様だね。服の模様からするとベベルの方かな?」
「は?何処にだよ」
召喚士ではないジェクトやアーロンが見える筈も無く、二人が顔を見合わせ、首を傾げる。
ティーダの目の前に現れたのは、紫のフードを眼深に被った少年。
バハムートの祈り子。
「もう、終わりっすか?」
『ごめんね、もう時間が無いんだ』
そう言って祈り子はくすりと笑った。
『居なくなった君を探して今にも飛び出しそうな人がいるから』
「そっか」
きっと眉間の皺を増やしているだろう男を想い、ティーダは笑う。
「オヤジ」
くるりと振り返ってジェクトを見る。
「俺、帰んなきゃ」
そう苦笑と共に告げると、この場に居た誰もが騒ぐと思った彼は珍しく無言で立ち上がり、ティーダに歩み寄る。
「ほらよ」
差し出されたフラタニティ。
ありがとうとそれを受け取ると、そのごつごつした大きな手で髪をぐしゃぐしゃに掻き回された。
「うわっ」
「元気でな」
ぽんぽん、と叩いてそう告げるジェクトを見上げ、うん、とティーダははんなりと笑う。
「じゃ、帰ろうぜ」
祈り子を振り返ると、彼はこくりと頷いた。
『行くよ』
ふっと体が軽くなる浮遊感、溢れる光。
ああ、消えていく。
そう思うと同時に意識が真っ白になった。




夢を、見た。

可笑しくて、嬉しくて…でも切ない夢を。


「あのさ、やっぱ、無かった事にできねえかな?」
『どうして?』
「いや、ほら、俺、結構ネタバレしちゃったしよ」
それに、と頬を痒くも無いのに指先で掻く。
「やっぱ、ちゃんと言うよ、過去のオヤジじゃなくて、今の、オヤジに」
ちゃんとケリ付けて、さ。
「オヤジとあんなに話したの、初めてだった。抱きしめて貰って嬉しかったのも、初めてだった」
本当、嬉しかったんだ。
「けど、さ…」
やっぱ、切ないよな。
「オヤジ達のこれからとか考えるとさ、すっげえ、こう、複雑っつーか、切ないっつーか…」
だから。
「ぜーんぶ終わらせて、それから、言いたい事も、謝りたい事も、全部、言いたいんだ」
無駄に力使わせてごめんな。
『…良いよ。君がそれで良いなら僕もそれで良い』
「……さんきゅ」
『じゃあ、眼を閉じて』



「…ダ…ティーダ!」
聞き馴染んだ低い声にティーダの意識が引き上げられる。
「…ん……?」
ゆっくりと瞼を開け、見上げればいつもより眉間の皺をこくしたアーロンが見下ろしていた。
「…アーロン?」
「寝るならちゃんとベッドに入れ馬鹿者」
「ういーっす」
アーロンの言葉にのそりと置き上がってもそもそとベッドに潜り込む。
「あ、そっか」
枕元においてあったスフィアに視線を止め声を上げる。
アーロンやジェクト、ブラスカのスフィア。
これを見て居る内にうとうとしてしまったのだろう。
(なーんか夢見てたような気がするんだけど…)
靄が掛かったように思い出せない。
まあいいか、と思う。夢なんてそんなものだからと。
「あ、そうだアーロン」
「何だ」
「俺ね、昔のあんたもカッコイイと思うけど、今のアンタが一番好きだよ」
何を突然、といった視線を投げつけてくるアーロンにティーダは笑う。
何故だかしら無いけれど、無性にそう思ったから。
きっと、さっきまで見て居たスフィアの所為。
「昔のアーロンは俺の名前、呼んでくれないから」
それじゃおやすみ、と言うだけ言ってアーロンに背を向けて眼を閉じる。
「……」
背後で溜息が聞え、二歩三歩の足音。
ティーダの横たわるベッドの前で止まり、見下ろしてくる気配。
横たわる少年に起きるつもりが無いと察した男が手を伸ばす。
髪に触れる指。
暖かな、掌の感触。
それに導かれるように、ティーダは眠りに就いた。






(強制終了)



(2002/03/31/高槻桂)

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