4月17日の花:キングサリ=哀愁の美
フリードリヒ四世、アンネローゼ/銀河英雄伝説




アンネローゼがフリードリヒ四世の下に召し上げられ、グリューネワルト伯爵夫人の名を冠して十年。
変わらずその美しさを保ち続けるアンネローゼに、皇帝の寵愛は薄れることを知らない。
アンネローゼはフリードリヒ四世を憎んではいなかった。
寧ろ、愛情に近い同情を感じていた。
フリードリヒ四世はいつかアンネローゼに語ったことがある。
「余は皇帝の座などどうでも良かった。皇帝に座する前でも余は十分に財と権力を持ち、好きに生きてきた。わざわざ兄弟の権力争いに割って入ってまでその様に重い座に就こうなどとは思わなかったのだ」
しかし皮肉にも兄も弟も死に、一人残った自分が皇帝の座を得た。
始めの頃は玉座もまあ良いかもしれないと思わないでもなかった。
しかし、次第にその思いも薄れた。
「玉座とは、何と空しいものか」
例えばだ、アンネローゼよ。
「もし余が皇帝の血筋とは全くの無関係の家に生まれていたのなら、皇帝の座を羨んだやもしれん。しかし、余はそのような家柄に生まれたかった。帝国を左右するより、庭園の薔薇の手入れをしている方が好ましい」
老人はただじっと自分の横顔を見つめているアンネローゼに向き直る。
「アンネローゼ」
「はい、陛下…」
清らかな水の流れのような声が老人の老い始めた聴覚を擽る。
「余が退位した後も、余の傍に居ってはくれぬか」
「…はい、陛下…」
しかし老人は自嘲げにほんの僅かな笑みを浮かべた。
「しかし、そちの弟は許さぬだろうな。余の自らの意志による退位も、そちを連れてゆくのも」
「……」
アンネローゼの返答があると思っていないのか、老人は少女のような己の寵姫に背を向けた。
「それもまた、よかろう…」

 

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