4月19日の花:カンガルーポー=不思議、驚き
ロイエンタール、ミッターマイヤー/銀河英雄伝説




最近、どうも可笑しな噂を耳にする。
我が友、”疾風ウォルフ”ことウォルフガング・ミッターマイヤーに関する噂だ。
ビッテンフェルトなどは傍目に分かるほど慌てふためいて聞いてきたほどだ。
その噂というのは
「ミッターマイヤーがオーベルシュタインとつるんでいるというのは本当か?!」
というものだ。
「知らん!俺ではなく直接ミッターマイヤーに聞くがよかろう!」
ロイエンタールは吐き捨てるように返し、足音荒くその場を立ち去った。
向かうはそのミッターマイヤーの執務室である。
普段なら足音一つすら洗練されたものであるかのような金銀妖瞳の元帥閣下の、まさに踏み鳴らして歩く姿に行き交う人々は我が目を疑い、その後姿を見送った。
目を丸くしたまま警備兵はミッターマイヤーの在室を告げ、重厚な扉を開けた。
「ミッターマイヤー!話がある!」
「何だ、どうした突然」
部屋の主は書類にサインをする手を止め、訝しげな眼で親友を見た。
「卿は知っているか。ここ最近の卿に関する噂について」
「俺の噂?」
グレーの瞳が更に訝しげな色を深める。
「何だそれは」
噂というものは思いのほか本人の耳に入るのは遅いらしく、ミッターマイヤーは小首を傾げた。
「卿とかの軍務尚書殿が私的行動を共にしているという噂だ」
すると蜂蜜色の髪の親友はきょとんと眼を見開き、
「何だと?」
と驚きの声を上げた。これはロイエンタールの想像通りの反応だ。
しかしそれに続く言葉がロイエンタールにとって最悪の応えだった。
「噂になるほど邸を行き来した積もりは無いのだが…」
行動を共にしたという肯定だけではなく、お互いの私邸に行き来していると彼は言う。
問い質したら質したで、彼は爽やな、そして少し照れくさそうな笑みを浮かべて肩を竦めて見せるのだ。
「なあロイエンタール、壁の向こうから覗くだけでは中庭に咲く花が仮令赤く見えてもそれが薔薇であるとは限らないし、そもそもそれが花であるかすら判りはしないと、そうは思わないか」
判りたくもないし思いもしないという言葉を胃の中へと押し戻し、変えてせめてもの皮肉…になり損ねた、子供の揚げ足取りとなんら変わりないものを吐き出した。
「ほう、では卿はその壁を乗り越えてみたところ、かの軍務尚書殿はそれはそれは美しい真紅の薔薇であったと、そう言いたいのだな?」
その言葉にミッターマイヤーは女装をしろとでも言われたかのような顔で肩を竦めた。
「俺の例えが悪かった。だが少なくとも遠目に眺めているだけでは分からん事もあると言う事だ。…そうだ、今夜オーベルシュタインとうちで夕食を共にするのだが卿もどうだ」
ロイエンタールの思考がどうにかしてヤツとミッターマイヤーを引き離すべく奔走する。
その第一歩として今夜、何が何でも邪魔をし且つヤツに牽制しておかねば…とここまで考え、しかしそれと同時に事務的な声が脳裏に響いた。今夜の予定は全て業務で埋まっております。残念賞。
こういう時に限って今日でなくてはならないものばかり。軍務尚書の差し金か。そうだそうに違いない。
ロイエンタールは苦虫を噛み潰したような表情で拳を握った。
「すまないミッターマイヤー。今夜は府に詰めておらねばならんのだ…軍務尚書殿にはロイエンタールがとてもとても残念がっていたとお伝え願おう」
「わかった、そう言っておこう」
額面どおりに受け取ったミッターマイヤーは明るい笑顔で頷いたが、あの軍務尚書ならば牽制であると気づくだろう。
「ならばせめてコーヒーの一杯でも飲んでいってくれ」
「ああ、では遠慮なく頂こう」
次に会った時には宣戦布告を叩きつけてやらねば。
そう思いながらロイエンタールはミッターマイヤーの執務室に居座ることにした。

 

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