4月20日の花:ワスレナグサ=私を忘れないで
キャシアス/奴隷市場




戦が終わり、私は生き延びた。
元老院からの誘いを断り、パルヴィス家も弟のアロイスに譲り、今はファルコと共に商人として暮らしている。
ファルコの屋敷はいつになっても変わらない。
大勢の洗練された使用人、変わらず美しいシレーネ、時折訪れるファルコの姉であるカテリーナ。
始めてこの館を訪れた時。あの時から一番変わってしまったのは、きっと私だ。
体中に刀傷、銃痕が散りばめられ、片足は地雷に吹き飛ばされ、今では耳障りな音を立てる義足が取り付けられている。
そして、私の足元に纏わりつく小さな少女の姿。
「とーさま、だっこ」
私はゆっくりと身を屈め、少女を抱き上げる。
甲高い子供の笑い声が響く。
漆黒の髪、蜂蜜色の肌、トパーズの瞳。
私の娘、マイア。
たった数日、私の奴隷として生きた少女がその命と引き換えに産み落とした、私の娘。
「とーさま、ほらみて、あそこにしかさんがいるよ」
あの少女も、ミアも、こんな声だっただろうか。
今ではもう、彼女の声も朧げで…けれどその姿は今でもよく覚えている。
あの奴隷市場で私の前に引きずり出されてきた姿。
私の元へやって来た時のどこか不思議そうな瞳。
地下牢で私に犯された時の苦しげな表情。
あの蜂蜜色の肌の柔らかさ。
そして最後の夜の、あの穏やかな眼差し。
ミアは、死ぬ間際、何を思っただろう。
ミアは、幸せだっただろうか。
いや、私がそう思うこと自体、傲慢なのかもしれない。
けれど、あの盲目の男は、ミアは笑って死んだと言っていた。
「とーさま?おかげんがわるいの?」
「何でもないよ、マイア」
私は娘の頬に自分の頬を寄せる。
「あはは、くすぐったいよとーさま」
マイア、私とミアの娘。
お前は望まれて生まれてきたんだよ。
あの、心優しい少女に。
「とーさま?どうしたの?どこかいたいの?」
ミア、私は今でも後悔している。
奴隷だとかそんなこと関係なく…せめて、君に告げればよかった。
「愛してる…愛してるよ、マイア…」
こんなに、こんなに簡単なことがどうしてあの時言えなかったのだろう。
「マイアもとーさまのことだいすきよ、とってもとってもだいすきよ。だから、なかないで」
ミア、君を失ったことに比べれば、本当に容易いことだったのに。

 

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