4月21日の花:アカシア=秘愛
木村、一歩/はじめの一歩




それに真っ先に気付いたのは木村だった。
「あれ?」
微かに眼を見開いて見下ろしてくる木村の視線に一歩もきょとんとして見上げる。
「お前…」
「はい?」
木村は一歩の肩口に顔を寄せ、くん、とその匂いを嗅いだ。
「き、木村さん?」
「お前、煙草臭いぞ」
「ええ?!」
木村の言葉に一歩は慌てて己の腕の匂いを嗅いでみるがよくわからず小首を傾げる。
「そんな匂いますか?」
「すれ違った時に少し、な。それにしても、まさかお前が吸ってんじゃねえだろうな?」
「吸ってませんよっ」
「そーだろーな。お前の場合、スポーツやってなくても吸わなそうだしな」
それにしても何処で引っ掛けてきたんだ、と続いた木村の言葉に一歩は記憶を遡ってみる。
「あっ!」
…遡るまでもなかった。
「あああああのあのあの!!ろっ、ロードワーク行って来ます!!」
「え?お前今帰ってきたばかりじゃ…行っちまった」
何なんだ、と思いつつも自分のメニューに戻ろうとすると、今し方一歩が出て行ったドアから一人の男がのそりと入ってきた。
「藤井さん」
「よっ。一歩くんはどうしたんだい?もの凄いスピードで走っていくのが見えたけど」
くたびれたスーツ姿に無精ひげの男は銜えた煙草を上下させながら笑う。
「いや、それが…」
言いかけて木村はふと言葉を止めた。
あれ?木村は内心で首を傾げる。
鼻を擽った藤井の煙草の匂い。
さっきの一歩の体に纏わりついていた煙草の匂いと同じそれ。
異常なほど過剰な反応を示した先ほどの一歩の態度。
「どうかしたかい?」
「いえ…藤井さん、今日ここに来る前に一歩と会いましたか?」
「いや?今さっき見かけたばかりだけど?」
返答に不自然さは無かったが、それでも一瞬、ほんの僅か逸らされた視線に木村の勘は確信を囁いた。
「…そうですか」
木村の応えに藤井にも察するものがあったのか、苦笑と共にひょいと肩を竦め、木村の脇を通り抜けて本来の目的であった会長室へと向かってしまった。
「…マジかよ…」
ここに鷹村と青木が居なくて良かったと木村は心底思った。

 

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