4月22日の花:ナシ=和やかな愛情
宮田、一歩/はじめの一歩




借りたビデオを返しに鴨川ジムを訪れると、ビデオの持ち主である木村はそれを受け取らなかった。
「それさ、一歩も見たがってたんだわ。ついでにそのまま一歩んとこ持ってってやってくんねえか」
「何で俺が」
「だからついで」
「アイツが来たら渡せば良いでしょう」
「一歩のヤツ試合後だから二、三日来ねえんだよ」
お前だって知ってるだろ、と当たり前のように続けられるのが癪に障る。
「だったら尚更今日でなくても良いじゃないですか」
「一歩のことだ、ちょっと調子が良くなると動き回りやがるからよ」
お前が言えば絶対にあいつは動かないから。
にやにやとした笑みでそういう木村から逃れるように、宮田は舌打ちと共に踵を返した。


「……」
木村から逃げるように一歩の家にやってきたものの、店先兼玄関で宮田は立ち尽くすことになった。
インターホンというものに慣れ親しんでしまった身としては、その存在すらないこの家屋にてどう対処するべきか悩む羽目となったのだ。
宮田に「すいませーん」だの「まっくのうちー」などと大声で呼ぶなどという選択肢は始めから有り得ない。
静まり返った家屋に、住人は海に出ているのだろうか、と思う。
ならばビデオの入った紙袋だけ置いていくまでだ、と何気なく店先から続く廊下を覗き込み、固まった。
「……」
居間らしき部屋から覗く、見慣れた黒髪。
眠っているのだろうか。
宮田は居間と手元の紙袋を見比べ、小さくため息を吐いて靴を脱いだ。
ぎしり、と廊下を微かに軋ませながら宮田はそこへ辿り着く。
案の定、絆創膏だらけの顔で一歩は座布団を抱えて寝入っていた。
宮田はテーブルの上に紙袋を置くと一歩の枕元に片膝を着いた。
「……」
浮腫んだ頬、痣だらけの顔。ベビーフェイスには似合わないものばかりだ。
けれどいつの間にかそれが馴染んでしまっている気がするのも確かだ。
それだけパンチを食らってしまうというのもどうかと思うのだが、コイツらしいとも思う。
宮田は手を伸ばし、その跳ねた髪の中へ指を滑り込ませてみる。
四方八方に跳ねているから剛毛かと思えば意外と柔らかな感触に、宮田は口元を綻ばせた。

 

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