4月23日の花:スターチス(黄)=愛の喜び
千堂、一歩/はじめの一歩




千堂武志が幕之内一歩にベタ惚れだという事はボクシング界、主にフェザー級で有名である。
ボクサーとしても、個人としてもだ。
彼のトレーナーである柳岡も、突然東京へ突っ走ってしまう千堂に手を焼いていると聞く。
それはもう本当に突然で、シャドウの真っ最中やロードワークに出かけてそのまま新幹線に飛び乗るのはよくあることで。
なにわ拳闘会では幕之内一歩の名を出すことすら憚られているほどだ。
その千堂だが、例の如く大阪を飛び出して東京に乗り込んでいた。
向かうは当然、鴨川ジム。
「幕之内居るかー?!」
すっぱーんと扉を開け放ち、勝って知ったる足取りでジムを見渡しながら奥へと向かう。
「千堂さん!」
サンドバックを叩いていた一歩が漸く千堂の来訪に気付いて手を止めた。
「幕之内!」
ぱあっという効果音が聞こえそうな勢いで千堂の表情が喜色満面となり、見えない尻尾を千切れそうなほど振って駆け寄る。
「会いたかったで幕之内〜!」
だがそのまま抱きつこうとする腕はひらりとかわされてしまった。
「何で避けるん」
「だ、だって僕、汗掻いてるし…」
「ええやん、ワイは気にせえへんし」
「僕は気にするんですっ。今日はもうこれで終わりですから、シャワー浴びてきますね」
それじゃ、と一歩はそそくさとジムの奥へと去っていき、千堂は「待て」を宣告された犬のようにベンチの上でそわそわと一歩を待つ事となった。
二十分後。
手早くシャワーを終え、着替えた一歩がロッカールームから出てくると、それに気付いた千堂がその暗い表情を一瞬にして反転させて立ち上がった。
「お待たせしました」
「お待たせされましたっつー事でリベンジや!」
「うわぁっ」
今度こそ一歩を抱きしめる事に成功した千堂は、まるでお気に入りのぬいぐるみを抱きしめる子供のように一歩を抱きしめた。
「走っとったらキサマに逢いとぉなって堪らんかったんや〜どこでもドア欲っしいわ〜」
「またロードワークの途中で抜け出してきたんですか?」
「せやかて頭ン中キサマで一杯やってどーもならんし。堪忍してェな」
な?とお伺いポーズの千堂に、一歩は「仕方ないなあ」と言葉とは裏腹に何処か嬉しそうに笑った。
「ちゃんと後で柳岡さんに電話するんですよ?」
「柳岡はん、ワイがここにおるて知っとるで」
せやからええやん、と言う千堂に、一歩はダメです、と人差し指で千堂の額を突いた。
「勝手に抜け出してきちゃったんですから一言掛けておかなきゃダメです。…電話掛けてくれるんでしたら今日はうちに泊まっても良いですよ」
「掛けさせて頂きます!」
「それじゃ、行きましょうか。あ、お先失礼します〜」
「そんで明日やけどな…」
ガラガラ…ピシャリ。
「……」
「……」
青木と木村は二人の消えていった扉を見つめたまま固まっていた。
「…なんつーかよ、一歩も一歩で千堂大好きオーラ出しまくってるよな」
「ああ…ただ、一歩のはワンポへの「好き」と同じ感じだけどな」
「まあ、千堂はそれでも一向に構わなさそうだし…」
「……」
「……」
二人は徐に顔を見合わせ、そして揃って溜め息を吐き出した。

 

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