5月5日の花:ヤマブキ=待ちかねる
中禅寺、関口/京極堂




正直な話、生きて戻って来られるとは思わなかった。
けれど同時に、生きて戻っては来られないだろうとも思わなかった。
出兵していった関口に対して、何も思わなかった。
ただ、壊れてしまうのだろう、そう思った。
ああ、きっと彼はまた壊れてしまうのだ。
それだけが、紙魚の様にこの思考に引っかかっていた。
戦時中、関口の安否を願ったりはしなかった。
ただ時折、彼の存在を思い出しては脳内の紙魚が広がっていくのをぼんやりと感じていた。
終戦後、手紙が届いた。
関口からの手紙だった。
関口の両親が彼を迎えに来る数日、泊まらせて欲しいのだと。
了承してもらえるのなら何時ゝ何処ゝに迎えに来て欲しいのだと。
関口からの手紙。
無事、生還したのか。
けれどやはりそう思っただけで、然したる感情や感傷は沸かなかった。
紙魚は、疾うに脳内を侵食し尽くしていた。
重い腰を上げて指定された駅まで関口を迎えに行く。
何処を見回しても疲れ切った顔をした人間だらけの中、探すでもなくただ立っていた。
迎えに来てやったのだから探す手間くらいは自分でやるべきだ、と思ったのだ。

――…中禅寺…その…

関口は小さな荷物を一つだけ提げ、薄汚れた格好で立っていた。
あの、その、と繰り返していた関口は、やがてほんの少しはにかんで


――…ただいま…


その瞬間、紙魚が、サア、と音を立てて消えた。
ああ、これは安堵だ。
関口が此岸に踏み止まってくれた。
言うべきは、一つだけだ。


「おかえり、関口君」

 

 

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