5月9日の花:バラ=嫉妬
ファルコ/奴隷市場




キャシアスに奴隷購入を勧めたのは自分だ。
幾ら短期の滞在だと言っても、奴隷の一人や二人居た方が何かと便利だからだ。
(キャスのうろたえる姿、可愛かったなあ…)
初めての奴隷市場の空気にうろたえるキャシアスの姿を思い出し、思わず相好を崩してしまったファルネリウスははっとして気を引き締めた。
とにかく、奴隷の一人でも居れば掃除も料理もしなくていい上に抱きたい時に好きな方法で抱ける。
キャシアスに奴隷購入を勧めるのはこの地に住む人間として当たり前の事であり、キャシアスを思い遣っての事なのだ。
ただ一つ、気懸かりなのは。
あのキャシアスが奴隷を奴隷として扱えるか、だ。
キャシアスという男は温厚で心優しい青年だ。
ちょっとからかうだけで赤くなり、他人事で涙を流す事が出来る。
多少の貧乏籤ならば引く事も厭わない。
そんな彼があの女奴隷を小間使いとして扱えるのだろうか。
しかもキャシアスが購入したあの女奴隷は彼を兄だと勝手に思い込んでいる。
始めこそ手懐け易いだろうと踏んでいたのだが、彼の家を後にした途端、不安が沸き上がってくる。
自分を兄と慕う少女にあのキャシアスが仕事を押し付けると思うか?
自分を兄と慕う少女をあのキャシアスが犯せると思うか?
あーぁ無理だ無理。
女子供は守るべきものだと思っている節のある彼の事だ。
下手をしたら今ごろ彼があの少女の世話を焼いている可能性だって十分に有り得る。
はたまたそれこそ妹の様に猫可愛がりしているのかもしれない。
しまったなぁ。
ファルネリウスは舌打ちしながら片手を上げた。
そして無言で傍らにやってきた己の女奴隷にぶどう酒を持って来させる。
明日にでも様子を見に行かねば。
ファルネリウスはぶどう酒の注がれたグラスに口をつけながらそう思う。
世話を焼くぐらいならまだ良い、妹の様に扱うのもまあ許そう。
そういう扱いをする主人は腐るほど居る。
だが万が一。
キャシアスがあの女奴隷に恋心を抱いてしまったとしたら。
ファルネリウスは手にしていたグラスを壁に向かって叩き付ける。
新しいグラスを持ってこようとする女奴隷を手振りで引き止め、ファルネリウスは立ち上がった。
「シレーネ、馬を」
シレーネと呼ばれた女奴隷はすぐさま踵を返し、厩舎へと向かう。
明日なんて悠長な事言ってられるか。
今すぐ赴いて釘をさしておかねば。
ファルネリウスは足音荒く部屋を出ていった。

 

 

戻る