5月14日の花:シラー=辛抱強さ
上条、内藤/CASSHERN




何故、と思う。
矢張り、とも思う。
あの仕打ちに如何といった感情を持とうと、自分にはどうする事も出来ないのだ。
自分は上条に飼われているのだから。
あの老人の命が何よりもの最優先事項なのだ。
どれほどその息子と心を通わせようと、変わる事はない。
ここは、そういう所なのだ。


旦那様に呼ばれた。
彼に呼ばれるのは一年ぶりくらいかもしれない。
何なのだろう。思いを巡らせる。
自分が何かミスをしたのだろうか。
それとも父が何かしたのだろうか。
どちらにしろそんな話は他の使用人たちから聞いた覚えも無い。
それでは、彼の息子の事だろうか。
自分の息子が、何れは大亜細亜連邦共和国の天辺に立つ者が、こんな下賎の者と親しくするのが気に入らないという事なのだろうか。
まあ恐らくはそんな所だろう。


節くれだった指先がこちらに来い、と示す。
一歩、二歩。
まだ指先の動きは止まらない。
もう一歩、二歩、三歩。
革張りの豪奢な椅子に身を沈めた老人の指はその動きを止めた。
すぐ目の前にまで、近づいていた。
招いていた指は、薫の首元に吸い寄せられるように持ち上がり、紺のリボンに引っかかる。
しゅるりと耳触りの良い音を立てて蝶々結びのそれは解け落ちた。
旦那様、と問い掛ける事も出来ず、薫はただ老人の顔を見下ろす。
老人は無表情のままじつと薫の顔を見上げている。
その眼だけが異様に欲という名の光を放っていた。
怖い。
本能的にそう感じた。
けれど理性がそれを阻んだ。
逆らうな。
肉が落ち、骨と皮だけのような厳つい手が白いシャツの釦を一つずつ外していく。
老人は薫から眼を背けない。
獲物を逃がさぬとする猛禽の様に。
はたまた反応を探るように。
薫にその視線を自ら外す事は出来なかった。
釦が全て外された。
ひたり、と滑り込んだ老人の掌が薫の脇腹に触れる。
その体温の低い掌の感触に、薫は擽っいのか怖気立っているのか判別が付かなかった。
とにかく、全身を何かが駆け巡った。
ぐい、と腰を引き寄せられる。
踏鞴を踏むように歩み寄ると、老人は肋骨の辺りに吸い付いた。
がさがさの唇で啄ばみ、そして生ぬるい舌で肉を舐られる。
それでも薫はその舐られる己の腹を見下ろしていた。
喰われる。
薫は理解した。
そうか、喰われるのだ。
胸元を吸われ、さすがに薫の表情が揺れる。
それに気付いた老人は唇と舌、指で執拗にそこを捏ね繰り回した。
薫は次第に下肢が昂ぶっていくのを感じていた。
老人はそれを察するとスラックスの上から中心を撫で上げる。
次第に息は荒くなっていき、無表情を保っていられなくなった。
やんわりと揉みしだくその掌は、確実に薫を昂ぶらせていく。
悩ましげに皺の寄せられた眉間。
羞恥と快楽に上気する未だあどけない頬。
膝が震え出す。
ああ、いけない。このままでは粗相をしてしまう。
だんなさま、
辛うじて薫はそう囁くように告げた。
けれどその掌の妖しい蠢きは終わりを見せない。
寧ろ、一層その掌は動きを妖しくする。
布越しに擦られるもどかしさ。
思わず声が漏れそうになる。
見られている。
押し寄せる絶頂への波に耐える薫を老人はじつと見つめている。
「イきなさい」
「っ…!」
その言葉を聞くや否や薫は立ったまま下着の中で射精した。
そのまま崩れ落ちてしまいたい。
それでも薫は立っていた。
許可も無しに主の部屋で座る事など、してはならない事だ。
「服を整えて持ち場に帰りなさい」
老人は用は済んだとばかりに執務机に向き直る。
薫は一歩下がり、手早く釦を留め、衣服の乱れを整える。
「失礼します」
そして一礼をして部屋を出て行く。
何事も無かったかのように薫は長い廊下を進む。
何処となく未だ上気した頬を除けば、いつもと寸分違わない姿がそこに在る。
それでも下肢が気持ち悪い事に変わりはない。
あの密室での出来事は真実なのだとその不快感は訴える。
如何して、と思う。
真逆、とも思う。
けれどここはそういう場所なのだ。

酷く、あの老人の息子に会いたくなった。

 

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