5月17日の花:アリウム=無限の悲しみ
上条、内藤/CASSHERN




部屋へと赴くと、その部屋の主は硬い表情で内藤を見た。
彼が軽く手を振る。
出て行くメイドたち。
二人だけの空間。
執務机だけが二人を隔てている。
「妙な噂を聞いた」
その声音も表情と同じく固い。
「お前が父に色を使い地位を得たと」
内藤は何も言わない。
顔色を変える事も無ければ、ただ無表情に青年を見ている。
「薫」
短く問い詰めると、漸く内藤の唇が言葉を紡いだ。
「火の無い所に煙は立ちません」
青年は驚いたように目を見開いた。
一瞬、何を言われたのか理解できなかったのだ。
呆然と、けれど何かを問おうと唇が開く。
だが、それを遮るように内藤が続けた。
「つまりは、そういう事なので御座いましょう」
ふらり、と青年が立ち上がる。
「お前は…」
そのまま言葉は途絶える。
彼が何を言いたかったのか、内藤は考えようとも思わなかった。
如何仕様も無い事だ。
「…いつからだ」
「五年ほど前になります」
五年、と小さく呟くのが分かった。
「貴様はあの爺ィにされるがままだったというのか!」
声を荒げた青年に対し、内藤の表情は変わらない。
「わたくしはこの家に仕える者に御座います。上条の命に従うは当然の事と心得ております」
一瞬、彼が傷ついた顔をした。
それが内藤の内の何かを締め付ける。けれど表面は変わらない。
彼は執務机を周り、内藤の前に立つ。
二人を遮るものはもう何も無い。
「ならば、」
ぐっと胸元を掴み上げられる。
それでも内藤は青年から視線を外さない。
「ならば俺がお前を犯してもお前は抵抗せぬというのか」
初めて内藤の表情が揺らいだ。
ほんの僅かに見えたその色は、驚きとも戸惑いとも見えた。
だが、すぐにそれは身を潜めて再び表情を殺す。
「左様に御座います」
淀み無く告げるその声音。
矢張り青年は一瞬その柳眉を歪め、そして内藤の首を押さえつけるようにして執務机の上へと押し倒した。
机上に積み上げられていた書類が床へと散らばる。
内藤は自分の脚の間に体を割り込ませ、覆い被さって来る青年をただ見上げていた。
思考の底で沸き上がるものがある。
けれど内藤はそれを見ない。
きつく蓋を閉じ、決して向き合おうとはしない。
考えてはならない。
ただ従うのだ。
感情など必要無い。
何も考えるな。
ただ受け入れろ。
五年前、あの老人に体を弄られた時からそれは変わらない。
「…っ…」
胸元を吸い上げられ、捏ね繰り回されて内藤は微かに身を捩る。
ただ一つ、あの老人の前で痴態を演じていた時と違うのは。
「……」
酷く虚しく、哀しいと思った。

 

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