5月20日の花:カンパニュラ=不変
上条、内藤/CASSHERN




最近の内藤は特に気が短い。

最近、ハイラル社内ではそんな噂が流れていた。
実際、内藤はいつもにも増して癇癪を起こし易く、彼のデスクの前に立つ社員はまず怒鳴られる事を覚悟しなくてはならない。
理由を問い質せるほどの度胸を持ち合わせた社員は居なかったし、上役が下世話な気遣いをしようものなら冷笑的な笑みと共に言い負かされるだけだった。

夜、自室に戻った内藤は着替えもそこそこにベッドに倒れ込んだ。
シーツに顔を摺り寄せ、一つ溜め息を落とす。
苛々する。
お陰で眉間の皺が癖になりそうだ。
ミキオが何を考えているのかが内藤には分からない。
老人との行為が露見して以来、彼は時折内藤を抱いた。
それ自体は内藤には問題の無い事だった。
耐えていれば善い。ただそれだけだ。
だが、彼は口付けてくるのだ。
行為の最中に貪るそれではなく、文字どおり、口付けてくるのだ。
いつだったか、書庫の前ですれ違った時にそのまま書庫へと引きずり込まれた。
口付けられ、内藤はここでするのかと思った。
だが、今となっては抵抗する積もりは更々有り得なかった内藤は、性欲処理がしたいならさっさと突っ込んで吐精すればいい、何なら咥えてやろうか。そんな事を思っていた。
だが、一向に彼の手は内藤の服を脱がす事も、下肢を弄る事も無かった。
ただ身体を密着させ、何度も唇の角度を変えては舌を絡ませてくる。
まるで、恋人の様に。
「ハッ」
そこまで考え、内藤は堪らず笑い飛ばした。
馬鹿馬鹿しい。
真逆彼が自分に懸想しているとでも言うのか。
確かに自分は美しかった母に善く似ていると思う。父も善くそう言っていたし、自分と母を知る者の殆どがそう告げた。
だが、幾らそうであっても自分は男だ。
何れは将軍職を継ぐ者が、下賎の出の者に情を掛けるなど。
「……」
身体の力を抜き、ぼうっとシーツの波を眺めてみる。
緩やかになった思考。
その奥底から理性の網を潜りぬけ、感情が滲み出してくる。

ああ、いけない、いけない。

それを見つめてはいけない。
それは知ってはならない事だ。
悟ってはならない。気付いてはならない。
そんな感情、自分には無い。
あってはならないのだ。
どれだけ特別扱いされようと、自分は使われる者なのだ。
彼が将軍の息子であると同じに。
自分が下級階層の出であると同じに。
それは不変の理。
だから滲み出すこの感情など、消えて無くなってしまえば善い。
消えて亡くなってしまえば善い。

 

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