5月21日の花:ベロニカ=忠実 上条、内藤/CASSHERN |
「は?」 内藤にしては珍しく、間の抜けた声を上げて目の前の男を見つめた。 中年太りという言葉が善く似合う腹をした日興ハイラル社の社長は、だからだね、と甲高い早口で繰り返した。 「上条将軍が御越しになられるんだよ!今電話があった!」 何の用件で来るのかを問うが、社長も聞かされていないらしくその旨を矢張り耳障りな声で告げた。 普段は社長室から滅多に出てこないこの男はそわそわと視線を忙しなく動かしていた。 「ななな内藤君、君は何か聞いておらんのかねっ」 日興ハイラルの幹部社員であると同時に上条の使用人である内藤の元に如何を尋ねに来るのは善いが、如何せん見苦しい。 そもそも自分には何も聞かされていないのだ。如何もこうも無い。 「聞き及んでおりませんが」 ふと内藤は視線を壁に書けられたディジタル時計に移す。 時間を示す数字の下の電子版に飛行艇が自社の区域に入った事が示されている。 飛行艇の認識番号は上条将軍専用の飛行艇の物だ。 そうこうしている内にあの老人はやって来てしまったらしい。 「あああ!!話している場合じゃない!あと十分だよ内藤君!早く行くよ!!」 社長が足音荒く走り出す。 あの老人が来るという事は、息子の方も付いてくるのだろう。 そんな予測を立てながら、内藤もゲートへ繋がっているエレベーターへと向かった。 上条将軍とその息子、上条中佐は社長と内藤を始めとする何人もの社員に出迎えられた。 老人は持病が悪化して以来必需品となっている酸素吸入器を手に看護婦に車椅子を押され、息子を伴ってその姿を現した。 対応に当たったのは社長、副社長、そして内藤だった。 「新造細胞、ですか」 上条の提示した資料。 それは夢のような研究。成功すれば、の話だが。 だが、その研究者にはそれを実現するだけの財力が無い。 施設が無ければどんな素晴らしい研究も無駄になる。 そういう事か。 内藤は老人の意図を察した。 ハイラルにこの新造細胞とやらの研究施設を作れ、という事なのだろう。 予想通り、老人の傍らに立つ上条中佐は次の学会までに研究施設を建設するよう告げる。 それに加え、内藤に指揮を任せると続けた。 これには流石に内藤も驚いた。社長と副社長も思わず内藤の顔を見てしまった位だ。 だが内藤はその動揺は欠片も表に出さず、その辞令を承諾した。 更には件の学会にも日興ハイラル代表として上条将軍と共に出席するように、と中佐は張りのある声で告げる。 いつもの笑顔でその辞令を謹んで受け止めるその裏で、内藤は多少なりとも混乱していた。 彼らの考えている事が分からない。 確かにこの会社には上条の指示で勤めている。だが、それに関してはその辞令が降りて以来、上条が何かを言ってきたという事は無かったというのに。 自分の実力が買われているのか。 それとも、ただの贔屓か。 まあいい、と内藤は思考を断ち切る。 向こうからわざわざ踏み台を用意してくれるというのなら使わせてもらえば善い。 自分は上条に使われる人間なのだから、と十年以上も前から数え切れないくらい繰り返した言葉をまた内心で呟く。 ただ、何処か憤っているようなミキオの雰囲気が僅かに気にかかった。 |