5月25日の花:カーネーション=愛の拒絶
上条、内藤/CASSHERN




薫、と昔の様に呼ばれそうになった。
それだけの事が、こんなにも心の平静さを崩していく。
彼が自分を信頼し、使用人以上に思っていてくれている事は知っていた。
だが、それはあの瞬間までだと思っていた。
自分と老人の関係を知られたあの瞬間。
彼がこの体を押し倒した瞬間。
あの瞬間に、そういった甘ったれたモノは全て崩れ去ってしまったのだと信じていた。
彼はもう薫に利用価値の有無、そして性欲処理の道具しか求めていないのだと。
「馬鹿な!」
薄暗い通路を早足で進みながら何度も否定するように首を振る。
今でも私を一人の人間として見ていたとでもいうのか。
「…駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ…!」
そんな事は有り得ない、あって良い筈が無い。
エレベーターに乗り込むと、低い唸りのような音を立てて薫を載せた箱は堕ちてゆく。
薫はその匣の隅で苛立たしげに親指の爪を噛んだ。
ミキオが昔と変わらず自分を信頼していただと?


そんなもの、疾うの昔から知っていた。


彼がどれほど自分に信頼を寄せていてくれるか。
彼がどれほど自分に心砕いてくれたのか。
彼がどれほど、
自分に、


「それでは駄目なんだっ!!」


崩れてしまう。
内藤はそう察した。
何が崩れるのかすら分からなかったが、それでも内藤はそう理解した。
「それは私の望む結末ではないっ…!」
薫はスーツの上から心臓を鷲掴む様にしてそれを握り締める。
布越しに感じる小型の銃身を、まるで縋るように薫は握り続けた。

 

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