5月29日の花:チャ=追憶
上条、内藤/CASSHERN




血溜りを踏みしめた。
薫の血液で出来た、そこに膝を着く。
濡れる事などどうでも善かった。
うつ伏せに息絶えている薫の体を仰向けた。
穏やかな死顔に、上条は微かに驚きの色を見せた。
薫の腹を貫いている鉄の棒をゆっくりと慎重に引き抜く。
もう既にこの肉体は痛みも苦しみも感じないというのに、それでも上条は丁寧に引き抜いた。
からん、と高い音を立ててそれが転がる。
薫の体を抱き上げた。
だらりと腕が垂れ下がる。
その腕が持ち上がる事はない。
今も昔も、薫の腕が自分へと差し伸べられる事は無かった。
「……」
滑りそうになるその体を抱え直すと薫の頭がちょうど上条の首筋に凭れ掛かるように当たった。
眠るような面差しの薫、その穏やかさがまるで自分によって齎された様な気がして上条はほんの僅か、嬉しそうに、そして悲しそうに笑った。

「結局、お前が抱き返してくる事は…一度も無かったな」

薫の亡骸を抱いたまま踵を返すと、東博士が立っていた。
「今ならまだ、間に合うぞ」
何を、とは問わない。
背後では、赤々とした泉が夕陽の紅を受けて、より一層深い赤を反射している。
上条はそれを振り返る事はしなかった。
「人である事の苦しみを味わって尚、人でないものの苦しみまで味わう必要など、無い」
貴方には解らないでしょうね、と続けると、東博士は視線を伏せ、踵を返した。
「…老いとは、潔さを忘れてしまう事なのかもしれん…」
小さく小さく呟かれた筈の東博士の言葉は、いやに明瞭と上条の耳へと届いた。
腕の中の亡骸が、少し、重く感じた。

 

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