6月3日の花:ツンベルギア=美しい瞳
上条、薫/CASSHERN、観用少女のダブルパロ




懐かれたから購入した程度の割に、父はそれなりに「薫」を気に入っているようだった。
ミルクを温めるのは違う人間の仕事だったが、そのカップを手渡すのは父自ら行っていた。
気まぐれに頭を撫でてみたり、ぬいぐるみを買い与えたりとしている姿を何度も見かけた。
そして、それを心底嬉しそうに笑うプランツの姿も。
プランツは初めて来た時こそびらびらとした服を纏っていたが、今はこざっぱりとしたフォーマル・ウェアを纏っている。特に不満そうにしているところを見た事はない。
ミキオにとってプランツ・ドールとは豪華なドレスを身に纏っている姿の印象が強いせいか、どうも違和感を感じる。プランツに対する先入観が強いのかもしれない。
あのプランツは常に父の後を付いて回るのが日課だ。
勿論、父の仕事中は留守番なのだが、帰宅すればトイレと風呂以外で離れる事はない。
ともあれ、父はプランツを独占する積もりはない様だった。
父が仕事で家を空けている間、プランツは使用人たちに遊んで貰っているようだったし、入浴や手入れも彼らの手に委ねられていた。

私は、何時の間にかプランツを目で追う癖が付いていたようだ。

それを自覚したのは、この家にプランツ・ドールがやってきて五年が過ぎた頃だった。
定期的に人形屋がミルクや衣類を届けに来るのだが、ある時、その人形屋にやんわりと指摘されたのだ。
確かに、プランツを然程善く思っていない自分がプランツばかりを見ているのは矛盾していると思う。
それは結論に至ってしまえばとても単純なものだった。
父が仕事の都合でそのまま官邸に泊まる事になった時の事だ。
今までそういう事は度々あったのだが、そういう時のプランツの世話は全て使用人に任せていた。
私は今までは学業を盾に、そして今は仕事を盾に忙しいからと接触を拒んでいたのだが。
その日は、まさに「気が向いた」とでも言うしかない。
私はその夜、初めてプランツと向き合った。


向かいには、ソファに沈むように座る美しいプランツ・ドール。
そしてプランツと私の間には、メイドが置いていった、暖かなミルクで満たされたティーカップ。
プランツはミルクの水面をじっと見詰めたまま動かない。
今まで近づきもしなかった男が突然目の前に現れた事に警戒しているのだろうか。
「飲まないのか?」
その問いかけに、プランツはぴくりと反応して顔を上げた。
深海のような黒い瞳がこちらを見ている。
その表情に感情は伺えないが、ふとこの胸の内に沸き上がらせるものがあった。
ああ、そうか。
目を眇め、目の前のプランツ・ドールを見る。
私はきっと、羨ましかったのだ。
私には余り興味を示さない父の傍らに、当たり前の様に存在するプランツが。
そして、この美しいプランツ・ドールに見初められた父が。
馬鹿馬鹿しくなって私は苦笑した。
全てはプライドで塗り固めて封じ込めた、子供じみた独占欲と嫉妬だったのだ。
心なしか、目の前のプランツの表情は穏やかさを湛えつつある気がする。
私はただ、認められたかったのだ。
父に、そして、この「薫」に。
「…冷めない内に飲みなさい、薫」
苦笑を浮かべたまま、初めてその名を呼んでみた。
すると薫はふんわりと花が綻ぶような微笑みを浮かべ、そしてカップに滑らかな手を添えた。
プランツは癒しと愛情そのものなのだと言っていた者がいたが、今はその意味が善く分かる。
ミルクを飲み終ってからもう一度見せたその笑顔が、どうしようもなく愛しかった。

 

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