6月15日の花:アジサイ=無情、愛情
財目、富家/ラストブロンクス




富家が帰ってから数時間後、思った通り雨は降り始めた。
夕飯は有り合わせで済ませた。
特にするべき事はない。
風呂はどうするべきか。
このアパートには風呂が無い。近くの銭湯まで行かなければならないのだ。
だがこの雨だ。帰路で再び冷え切ってしまうのも馬鹿馬鹿しい。
テレビの中から明るい笑い声が響く。
それをぼんやりと眺めていると、不意に思考を何かが擽った。
誰かが来た?
財目はゆっくりと立ち上がる。
他の部屋の住人やその友人などだろうかと思うが即座にそれを否定する。
この部屋の扉の前に、誰かが居る。
こん、こん。
思った通り誰か居るらしく、ゆっくりと弱々しいノックの音が響いた。
「誰だ」
応えはない。
だが敵意は感じられない。
財目は心持ち強ばった動作で木製の扉を開いた。
「…富家」
そこに立っていたのは、視線を足元に落とした富家だった。
傘も差さずに来たのか、全身が濡れそぼっている。
「妹がやられた」
その固い声は小さいながらもはっきりと財目の耳に飛び込んできた。
「小学校の帰りに襲われたって…顔も殴られた所為で誰だかわかんねえくらい腫れ上がってた。医者が、骨も何本が折れてるって。……意識が、戻らないんだ」
「富家」
「カードが落ちてた。ヤツらだ」
「富家」
「俺がっ…!」
「富家っ」
漸く富家が顔を上げた。
髪から伝う滴が頬で涙と混じり、形の良い顎からコンクリートの上へと落ちていく。
けれどその眼には強い光が宿っている。
「出るよ、試合」
「富家、」
踵を返そうとする富家を思わず呼び止めてしまう。
「あー、その、なんだ」
咄嗟に呼び止めてしまっただけなので何を言って善いのか分からない。
「…コーヒーくらいならあるぞ」
我ながら気のきかない台詞だと財目は内心で唸る。
「…いい」
案の定、富家は振り向きもせずそれを拒否した。
「カタが付くまで、ここにも来ない」
そう言って雨の中へと駆け出していってしまった富家の後ろ姿を財目はじっと見送った。
小柄な後ろ姿は、あっという間に雨と夜の闇に紛れて見えなくなってしまった。
ゲームの始まりまで、あと三日。

 

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