6月20日の花:バラ(帯紅)=私を射止め
梛、黒澤、富家/ラストブロンクス




人込みの中に見知った顔を見つけ、富家は駆け寄った。
「梛ねーさん」
呼びかけに振り向いたのは、女も羨む美貌と肉体を持った、蠱惑的な女だった。
「あら、小犬ちゃん奇遇ね。今日は馬鹿面した飼い主は一緒じゃないの?」
誰もが目を奪われるだろう妖艶な笑みにも富家は全くといって善いほど何も感じないらしく、むっと唇をへの字に曲げる。
「馬鹿面はともかく、飼い主っての止めてくんない。あと小犬ちゃんってのも」
「あらぴったりじゃない」
むくれる富家に梛がクスクスと笑いかける。
彼女をよく知るものが見たらこれ以上に無く驚いただろう。
あの豊饒梛が男と楽しそうに話し、あまつさえ笑いかけているのだ。
だが梛からしてみれば富家は「男」ではなく、愛玩動物として見ていた。
富家も彼女を「女」として見ていない節があるためこの関係が成り立っているのかもしれない。
「…黒澤は現在高笑いしつつ木刀振り回し中」
富家が苦虫を噛み潰したような顔で告げた。
つまり、他チームに上等切られ、それを嬉々として受けてたちに行ったと。
そして一緒にいた富家は呆れてさっさとその場を立ち去ったということだ。
「あら、小犬ちゃん放っておくなんてダメね」
そうだわ、と梛の顔が近づき、富家は思わず仰け反った。
「あんな馬鹿さっさと見捨てて、私のところへおいでなさいな。可愛がってあげるわよ」
「え、いや、俺は…」
梛と距離をとろうと一歩後ろに下がり、とすんと誰かにぶつかった。
「あっ、すみませ…」
「あら」
富家が振り返った先に立っていたのは、木刀を担いだ黒澤だった。
「おい女王様よぉ、うちのお子様に手ぇ出してんじゃねえぞ」
すると梛も腕を組んで踏ん反り返り、挑戦的な眼を向けた。
「あーら、小犬ちゃん放って木刀振り回してる男に言われたくないわねえ」
「てめえだって売られた喧嘩は買うだろ」
「小猫ちゃんが一緒だったら当、然、小猫ちゃんを優先するわ。そんなことだと大切な小犬ちゃんが誰かに攫われちゃうわよ」
俺も結構強いんだけどなーという微妙に検討外れな富家の呟きは無視された。
「チッ、トミイエ、行くぞ」
「へ?あ、ちょっ…」
旗色が悪くなったのを悟ったのか、黒澤は富家の首根っこを引っ掴んで来た道を戻り始める。
「ウフフ、またね、小犬ちゃん」
「えっ、あ、うん、またな梛ねーさん」
「トミイエ!」
「何なんだよ!」
ぎゃんぎゃんと辺りに大迷惑な言い合いをしながら去っていく二人の後ろ姿を見送りながら、梛は携帯を取り出した。
「私よ。迎えに来なさい。いいわ、少しくらいなら待ってあげる。ウフフ、私、今とても機嫌が良いのよ」

 

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