7月13日の花:ライラック=思い出
織姫/BLEACH




あたしはお兄ちゃんに育ててもらった。
お父さんとお母さんは?
いつだったか、そう聞いた時のお兄ちゃんの顔。
一瞬だけだったけど、辛いような、けれどそれだけじゃない険しい色が浮かんだ。
だけどお兄ちゃんはすぐに笑ってあたしが小さい時にいなくなってしまったんだって言った。
あたしは幼いながらもお父さんとお母さんは死んでしまったのだろうと勝手に思ってた。
あたしとお兄ちゃんは小さなアパートの小さな部屋で暮らしていた。
お兄ちゃんのお給料は全て生活費とあたしの学費に消えた。
だけどお兄ちゃんは文句一つ言わずに毎日毎日出勤していった。
あたしの成長を見るのが一番の楽しみなんだよって。
遊園地とかに連れていってもらった記憶はない。
旅行も中学校で行った修学旅行が始めてだった。
だけど、あたしはそれを不満に思った事はない。
お兄ちゃんはよく近くの公園や河原に散歩に連れていってくれた。
仕事で疲れていただろうに、お兄ちゃんはいつも優しく笑ってあたしの手を握っていてくれた。
その暖かくて大きな手が、優しい笑顔が、いつまでもあたしを見守ってくれるんだと思っていた。
生まれて始めてお兄ちゃんと喧嘩をしたその日。
お兄ちゃんは交通事故で死んでしまった。
その時初めて、あたしはあたしのお母さんという人に会った。
すごくキレイな服を着て、あたしを見下ろしていた。
その人はお兄ちゃんに会う事もせず、お葬式とかを業者に頼んで帰ってしまった。
それから数日、余りにも慌ただしくて目が回りそうで。
全て終わってから、またあの人が来た。
アパートを引き払って、あの人の選んだ所に住む事になった。
結論だけを突きつけられたあたしは、ちょっと呆然としてしまった。
嫌だった。
お兄ちゃんとの思い出の詰まったあの部屋を出るのは嫌だった。
だけど、まだ中学生のあたしに逆らう事なんて出来なかった。
荷物をまとめながら、あたしは何度もお兄ちゃんに謝った。
お兄ちゃん、ごめんね、お兄ちゃん、ごめんね。
自分でも何に対してのごめんねなのかも分からないまま、あたしは泣きながら荷物を纏めた。
新しいあたしの部屋は、お兄ちゃんと暮らしたあのアパートよりずっと綺麗で広かった。
だけど、嬉しくなかった。
でも、クヨクヨしても仕方ないから、あたしは張り切って荷解きをした。
まず最初に決めたのが、お兄ちゃんの位牌の置き場所。
そしてお線香を上げ、この部屋に越してきた事を報告した。
あたしの新しい部屋。
あたしの新しい生活。
お兄ちゃんのいない時間。
あたしのお母さんだといったあの人は、それ以来会っていない。
毎月決まった額のお金があたしの口座に振り込まれるだけで、電話も手紙も無い。
あたしはそれを寂しいとは思わなかった。
ずっとお父さんとお母さんは死んでしまったのだと思っていたし、お兄ちゃんが死んでしまった事の方がずっと寂しくて悲しかった。
あたしの家族はお兄ちゃんだけ、と否定する積もりはないけれど、多分、あの人はあたしがあの人の娘だって思う事を善く思わないんじゃないかな。そう思う。
だからあたしはお父さんとお母さんの事を聞かれたら、お兄ちゃんが言っていたように言うようになった。
あたしが三歳の時に、いなくなってしまいました。

 

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