8月10日の花:アンスリューム=恋にもだえる心
ジャラルディ、キャシアス/奴隷市場




テーブルを挟んで座った二人はお互いに顔を合わせられないといわんばかりに俯いていた。
キャシアスはまるで面接を受けるように膝の上に作った握り拳を見つめ、ジャラルディも未だ辛うじて湯気を上げるコーヒーを神皇帝の敵と言わんばかりに睨み付けている。
そして二人は同時に意を決して顔を上げ、
「「あのっ、あ、いや、君から…」」
見事に声を揃え、そして再びもごもごと口の中で何やら呟きながら俯いてしまう。
「…その…」
少なくとも夜が明けるまで続くかと思われたモジモジ問答(何)はジャラルディの方から断ち切られた。
「君が、カラブリア殿を信頼していることはよく知っているから、その…」
「で、でも、泊まらずに帰ると言ったのは僕自身であって…」
事の起こりは昨日、ファルコことファルネリウス・カラブリアがキャシアスを自宅に誘った事に起因する。
キャシアスとジャラルディが共に暮らし始めてからも彼とキャシアスの付き合いが変わることもなく、二人でファルコの屋敷にて酒を酌み交わすことはよくある事だった。
ただ、キャシアスは毎回、きちんと何時ごろ帰る、または泊まるなどの事を告げており、今回はその日のうちに帰ってくるというものだったのだ。
しかし実際にキャシアスが帰宅したのは翌日の昼中。
酔いつぶれてそのまま眠ってしまい、太陽が真上に差し掛かる頃に漸く目を覚まして慌てて帰ってきたという状態だ。
然して恐縮に凝り固まるほどのものでもないとは思うのだが、如何せんファルコとジャラルディは仲が悪い。
正確にはファルコが一方的にジャラルディを嫌っているのだが、ジャラルディの方も歩み寄ろうとしていないため(その理由を察するほどキャシアスは鋭くない)、ただでさえ小心者のキャシアスは肩身の狭い思いに囚われているのだ。
「それに、カラブリア殿なら君を危険に晒すような事もないと信じているし…」
それはファルコを純粋に信頼しているからでは無い。それは有り得ない。
鈍感純粋と書いてキャシアスと読むと言ってもいいほど鈍感なキャシアスは全く気づいていないが、未だに彼の屋敷へ行くと、四方八方から銃やボーガンを突きつけられている気配が絶えない。
キャシアスが白だと言えば仮令それが黒だろうがパッションピンクだろうが白にしてしまう程にキャシアスを溺愛しているファルコの事だ。山の長老辺りでも呼んで来ない限りまずキャシアスに万が一が起こることなど有り得ない。
何より危険なのはファルコ自身なのだが、これもまたキャシアスがジャラルディを選んでしまった今となっては彼がキャシアスに想いを告げたところでキャシアスを困らせるだけと分かりきっている彼はならばせめてと親友の座に甘んじている。百戦錬磨なテクニックと美貌を持つ彼も本命にだけは晩熟になるタイプだったらしい。
そんなわけで、余りのキャシアスの恐縮っぷりにジャラルディまで恐縮してしまい、今に至る。
「しかし…」
それでも何か詫びなければ気が済まない態のキャシアスに、ジャラルディは提案する。
「ならば、その…今度またカラブリア殿に誘われたら、その時は断ってほしい。勿論、その一回だけでいいのだが…その…何と言うか、本来ならカラブリア殿と過ごすはずだった時間を、私に与えて、ほしい」
それだけの事を耳まで真っ赤にして告げるジャラルディに、今度はキャシアスがつられて真っ赤になって俯いた。
「わ…わかった…約束、する…」
そして二人は再びモジモジモードに戻ってしまい、二人の前に置かれたコーヒーは哀れにも一口とて飲んでもらえないまま冷めていく事となった。

 

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