1月11日の花:アネモネ(白)=純粋無垢
京/99




「あっ」
買い出しの帰り道、何かを思い出したように京は立ち止まった。
「どうした」
食料の詰込まれた紙袋を片手で軽々と抱えた庵が数歩進んだ所で立ち止まって振り返る。
「砂糖買い忘れた。買ってくるから先帰ってろよ」
「今度で良いだろう」
「よくねえよ。俺も京大も京也もコーヒーに入れるんだから」
それでも渋い表情を崩さない庵に、京は大丈夫だって、と笑う。
「この辺ならもう馴れたし、迷ったりしねえって」
つーことで、行ってくるわ。
京は問答無用で踵を返し、駆け出した。
「……」
角を幾つか曲がり、駆けて行くその先は馴染みになりつつあるスーパーではなく、薄暗い路地。
ひやりとした空気が頬を撫でる。
更に幾つかの角を曲がった先で京は目的のものを見付けた。
積み上げられたダンボールの影に蹲るようにして倒れている、京にそっくりの青年。
「…ぅ…」
京が声を掛けるまでもなく、彼は薄らと目を開けて京を見上げた。
「…ァ…ア…」
信じられないと言わんばかりにその目は見開かれ、そしてその顔はくしゃりと歪む。
「あ、あっ…」
母親を漸く見付けた迷子の様な表情を浮かべ、傷と土埃に汚れた腕を京へと伸ばしてくる。
その腕を京は拒む事なく受け止めて苦笑した。
「俺を追いかけて来たのか?」
膝をついて身を屈め、縋り付くいてくる彼を京は抱き留めてやる。
「お前はどうしたい?生きたいのなら、ハイデルンのおっさんに頼んでやるからさ。顔変えて記憶も消す事になるけど、お前は一人の人間として生きていけるんだ」
すると彼は僅かに身を起こし、京の顔をじっと見上げる。
「一先ず俺んち、つっても俺のじゃないけど、とにかく飯食ってゆっくり寝て、ハイデルンのおっさん所行くのはそれからで良いしさ」
な、と言い含めるように告げる京に、けれど彼はゆっくりと首を横に振った。
「……り、たい…」
ぴくりと京の表情が揺れ、複雑な色を滲ませる。
だが、彼はそんな京に切に訴える。
「還りたい…!」
「………」
子供の様にしがみつき、泣き始める青年をぎゅっと抱きしめる。
同じ造形の筈なのに、その体は悲しいほどに冷たい。
いつから彷徨っていたのだろう。
いつからここにいたのだろう。
体は傷だらけ、泥だらけ。
何も食べていないのか酷くやつれて。
「よく考えろよ、そんな事したら、もう二度と人間に戻れないんだぜ?」
それでも彼は繰り返す。
還りたい、と。
「……わかった、わかったから…」
だから、もう泣くなよ。
ごわごわになった髪を撫でながら京は小さく溜息を吐いた。
「じゃ、行くぜ…」
抱きとめる腕に僅かに力を込めると、彼も擦り寄るように京の首筋に顔を埋める。
「……」
ふわりと陽炎が立ち昇り、それはやがて紅の炎となって二人の体を包み込む。
腕の中の青年が嬉しそうに笑うと、その輪郭は崩れ、焔に飲まれていった。
ぱさりと着る者のいなくなった衣服が落ちる。
「……」
京は炎をその身に戻し、フゥ、と息を吐いた。
「あと何人いるんだよ、全く…」

 

 

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