1月17日の花:ホオズキ=半信半疑
庵、京/嵐の夜に




昨夜の嵐が嘘のように晴れ渡った空の下。
微風に揺れる草原。なだらかな丘。
そこを並んで歩く二つの影。
「しっかしよー、お前が『八神』だなんてこれっぽっちも思わなかったぜ」
こげ茶色の毛で覆われた大きな手で自分の髪を掻き混ぜながら狼は笑う。
「お互い様だろう」
そして、その隣りには唇の端だけで微かにその笑みを現わす山羊。
「けどよくお前平気なツラしてんのな。俺、『草薙』だぜ」
そう、本来ならこうして呑気に言葉を交わす事など有り得ない組み合わせだ。
「お前が余りにも阿呆面をしたのでな。殺る気が失せた」
「アホヅラ呼ばわりされた事に対して怒るべきなのか山羊が仮にも狼である俺を倒せると確信しているその自信に対して憤るべきなのかさあどっちていうか寧ろお前の存在自体が詐欺。草食の癖になんでそんなにガタイが良いんだよ」
自分より上背のある庵を見上げ、彼は悔しそうに唇を尖らせた。
「知りたいか?」
淡々と返すと、彼はすいっと視線を逸らしてふるふると首を横に振った。
「…止めとく」
もしここで八神が仲間である山羊を食っただとか狼を食っただとか言いだしたら今夜の夢に出てくる事間違い無しだ。
「なんかさぁ、山羊の角ってお前の頭にあるとモロ凶器って感じだよな。山羊の癖に目付き悪いし」
「…そういうお前は何かのコスプレみたいだぞ。狼の癖に童顔だからな」
「うわっムカツク!」
そして辿り着いた丘の上から二人は草原を見下ろす。
「俺さ、風が草を撫でていく光景、すっげえ好き。ずっと見てても飽きねえんだ」
「分からんでもない」
風の掌が草を撫でていくその光景は、一つたりとも同じ物はなく。
何度も何度も、まるで母が子に与えるような穏かな波を二人はじっと見下ろしていた。
「……」
ふと京の視線が庵へと向けられた。
(こいつ、ホント良い体してるよな…山羊にしておくの勿体無ぇくらい…)
美味そう。
本能がそう囁いた途端、狼ははっとしてぶんぶんと頭を振る。
(何考えてんだ俺!こいつは八神だけど友達なんだ!美味そうとか思うなよ!!)
「草薙?」
庵が訝しげに見下ろしている事に気付いた京は「何でもない」と首を振り、そして徐に草の上に寝転んだ。
「気持ち良いから寝る!八神もしようぜ、昼寝」
何処か呆れたような視線で見下ろしてくる庵に、京は見ろよ、と腕を伸ばして空を示す。
「空、すっげえ綺麗な青してるんだぜ。吸い込まれそう…」
すると諦めたのか傍らに庵が座り、同じ様に空を見上げた。
付き合ってくれたのが嬉しくて、京はへらりと笑う。
そしてそのままごろごろとしながら言葉を交わしている内に睡魔に襲われ、京はうとうとと眼を閉じてしまった。

 

 

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