1月21日の花:ネマーガレット=恋のゆくえ
庵、マチュア、京/嵐の夜に




「……」
駆けていってしまった京。
薄暗かったが、確実に京は傷付いた眼をしていた。
「あらどうしたの?」
そうとも知らずに喋り続けていたマチュアが漸く「ショウ」が駆けて行ってしまった事に気付いた。
「……」
庵は静かな怒りの篭もった眼でマチュアを見下ろすと、一言、「帰れ」とだけ告げた。
「な、何よぅ…分かったわよ、帰るわよ」
その怒りに気おされたマチュアは詰まらなさそうに丘を下りていった。
庵はその姿を確認する事もなく京の消えていった方へと駆け出した。
「…京」
京はヒマラヤスギの根本に佇んでいた。
「すまん」
だが、京は俯いたままふるふると首を左右に振った。
「…全部、本当の事だし…確かに俺たちは、他の動物より八神を食う事の方が多いし…」
「京」
「どうせ眼は釣り上がってるし牙はあるし蹄の変わりに尖った爪があるし肉球もあるし」
空が青いのも自分の所為だと言いかねない勢いだ。
「京、俺を見ろ」
腕を取り、強引に向き合わせて庵はその漆黒の髪に指を差し入れる。
「肉食獣が肉を食う事はその名の通りで当たり前の事だ。草食動物が草しか食べない様に」
すると漸く京は自分から視線を合わせた。
「…庵は?」
「…草食のつもりだが」
くつりと京が微かに笑う。
「ありえねー」
そしてふと空の暗さに改めて気付く。
「もう夜になる。帰らなきゃ」
京は一度だけぎゅっと庵の体を抱きしめ、そしてその腕から逃れるように庵から離れた。
「またな、庵」
少し照れ臭そうに笑い、京は木々の間を駆けていってしまった。


「あら」
結局後を付けて来たらしいマチュアは、駆けていく狼の後姿と、それを見送る庵の姿を見付けた。
「心配しなくても良かったみたいね。狼が庵に恐れをなして逃げていくわ。さすが私たちの当主よね。寧ろこれからは山羊の時代って感じかしら?」
勝手に勘違いしたらしい。
とりあえず、今回は二人の関係が壊れる事はない様だ。

 

 

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