1月31日の花:クロッカス=裏切らないで
庵、京/嵐の夜に




あの山の向こうへ。
そう歩き出して数日。
二匹は漸くその麓に辿り着いた。
改めて見上げるその山は、遠くから見ていた時より遥かに高く聳え、その中腹辺りからはどんよりとした雲に覆われている。
あの雲の中は吹雪なのだろうか。
その夜、二匹は雪雲の少し手前の洞窟で眠る事にした。
「…京?」
その夜、傍らで身を起こした気配に目を覚ました庵は、京の様子がおかしい事に気付いた。
「眠れないのか」
「いや…夢を、見たんだ」
何故か視線を逸らし、気まずそうに告げる。
「夢の中で俺は、アンタを食ってたんだ。それが自棄にリアルで…」
漸くこちらを見た京の双眸が月明かりを反射して妖しく光った。
「これ以上庵と一緒に居たら…俺、何するか、わかんねえ…」
だから早く。早く、何処かに。
この理性が持つ内に。
「……わかった」
庵は僅かな間、京を見詰めたがやがて短く答えて洞窟を出ていった。
「……」
洞窟を出ていき、振り向く事無く山を下りていく庵の背中を見つめながら、京は大きく溜息を吐いてその場に蹲った。
「あ〜あ、行っちまった。でも、これで良いんだ」
そう、これで良い。
京は自分に言い聞かせるようにそう繰り返し、けれど耐え切れなくなったようにその顔を覆って小さく蹲る。
背後には狼の群れ、そして先には何が起こるか想像もつかぬ吹雪の山。
その先に自分達の求める世界が本当にあるのかもわからず、そして例え辿り着いたとしてもそこでもまた、こうして逃げ出さなければならなくなるかもしれない。
「こんなのは俺だけで良い。寒かったり、辛かったりするのは俺だけで良いんだ。アイツは自分の群れに戻って…」
「戻るわけ無かろう」
いきなり頭上から降って来た声に京ははっとして顔を上げる。
「こんな事だろうと思った」
「庵、何で…」
困惑顔の京を、庵は呆れた表情で見下ろした。
「覚悟など疾うに決めている」
「だけど…」
「くどい。そんなに俺は信用ならないか」
「そうじゃ、なくて…」
次第に京の声が消え入りそうなほど小さくなっていく。
庵が怒っている。
いつも不機嫌そうな仏頂面をしている庵。
それでも本当に不機嫌と言う訳ではなく、触れてくる手が穏かなのを知っている。
けれど、今この目の前にいる庵は全身に静かな玲瓏とした怒りを纏って京を見下ろしている。
「…ごめん」
ぽしょぽしょと情けない声で謝る京に、庵は漸くその怒りを納めて京の黒髪に手を伸ばした。
思わず身を竦め、眼をぎゅっと閉じた京のその髪をそっと撫でてやる。
「だが、その想いは嬉しかったのが正直な所だ」
その言葉に京は庵に抱き着き、その体をしっかりと抱きしめて眼を閉じた。
「うん…ごめん、庵、ごめん」

 

 

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