2月7日の:ワスレナグサ=私を忘れないで
庵、社、京/嵐の夜に




「…ぁ…」
京はぼんやりとしたまま庵と社を交互に見詰めた。
そして社に視線を向けた京の表情がくしゃりと歪んだ。
「真吾が…!」
「!」
社が京の元に駆け寄り、その雪の下からもう一頭の狼を引きずり出した。
「真吾…!」
だがその体は凍り付いて蒼褪め、閉ざされた瞼は微かな痙攣も起こさなかった。
「ずっと、俺を暖めてくれてて…俺が目を覚ました時には、もう…」
「……」
じっと真吾の顔を見下ろしていた社が低く呟いた。
どんな気分だ、と。
「真吾だけじゃねえ!まだ多くの仲間がこの雪の下にいる!お前が『八神』と仲良しこよしだなんて駄々抜かした結果がこれだ!」
「っ…!」
京は泣きそうな表情で俯いたが、それでも唇を噛み締めてそれを耐えた。
「それでも…!」
引き裂かれるような悲痛な声で京は叫ぶ。
「それでも俺は庵と一緒にいたいっ…!」
すると今まで傍観していた庵が静かに近付き、京へと手を差し伸べた。
「……」
京は庵とその手を見比べ、そして社に抱えられている真吾へと視線を移した。
「……ごめんな、ありがとう、真吾」
そして庵の手を取り、雪の中から立ち上った。
「…社も、ごめん」
「……」
視線を上げない社に、京はもう一度小さく謝って背を向けた。
自分は疾うに選んでしまったのだ。
何を犠牲にしても庵と生きていくのだと。
雪に足を取られない様に一歩一歩、庵と手を繋いだまま歩いていく。
「……京!」
背後から掛かった社の声に、京は足を止めて振り返った。
「お前の命はお前のモンでもそいつのモンでもねえ。真吾の命だ。それを忘れんな」
憤るでもなく、ただ淡々とそう告げる社に京はこくりと頷いた。
そして再び前を向き、歩き出す。
今度はもう引き止める声は無かった。

 

 

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