2月9日の花:ヒナギク=無邪気
静、京/2001




実家に帰るのは、三年ぶりくらいかもしれない。
京は扉の前でそう思った。
「おかあさん?」
みづきの声にはっとする。
「あ、いや…何でもない」
そう笑い、京は扉に手を掛けた。
久しぶりの実家の空気に何処かほっとしながら京は靴を脱いで室内へと上がる。
「あら、京!」
物音に出て来た静が驚きと喜びに混じった声を上げてやってきた。
「ただいま」
改めてそう言うのも何処か気恥ずかしい気がする。
だが、静は心底嬉しそうに「おかえりなさい」と微笑んだ。
「あら、京、その子は?」
息子の脚に隠れる様にしてしがみ付いている子供に気付いた静の問いに、京は言い難そうに、けれどもはっきりと告げた。
「その…俺の息子」
「まあ!通りで小さい頃の貴方にそっくり!あなたのお名前は?」
おどおどと見上げてくるみづきに、京はほら、とその頭をぽんと叩いた。
「…みづき」
「みづきちゃんね。うふふ、人見知りする所も本当に京ちゃんにそっくりだわ。みづきちゃんは今いくつ?」
「よっつ」
「そう、よっつなの。今日はお父さんと一緒に来たの?」
ううん、と首を振るみづきに、京がまずい、と表情を変えた。
「おとうさんはおにいちゃんたちとおるすばんしてるの」
「あーっとお袋、ちょーっと話しが有るんだけどさ、良い?」


「…というわけなんだ」
ネツスに捕まっていた事、クローンの事、みづきの事、京大と京也の事、そして庵の事。
洗いざらい、という程ではないかもしれないが粗方の事情を説明し終え、静を見ると彼女はじっと何かを考えているようだった。
それもそうだろう。確かに草薙家元当主の妻といえどもさすがに世界的秘密組織がどうのという話しになってくると次元が違う。
「京ちゃん、どうしましょう」
だが、彼女が悩んでいたのはそんな事ではなかった。
「御飯、二合しか炊いてないの」
「は?」
「七人だと八合くらい炊いた方が良いかしら?京ちゃんもお父さんも良く食べるものね。庵さんは御飯食べる方?」
「へ?いや、俺より少ないくらいで…」
「だったら八合にしておきましょうか。お鍋は鶏肉の水炊きで良いかしら」
「はあ、良いんじゃない?」
「みづきちゃんは嫌いな食べ物はある?」
「俺と同じだぜ」
「あらそうなの。あとお刺し身か何かあった方が良いわね。こうしちゃいられないわ。京ちゃん、ちょっと買い物に行ってくるからお留守番お願いね。あ、そうだわ。京ちゃん、炊飯器の中の御飯、おひつに移して新しく御飯炊いておいてくれる?」
「え、あ、うん…」
「じゃあお願いね」
静は財布片手にぱたぱたと軽やかな足音を立てて出ていってしまった。
「……えーと」
彼女らしいといえば彼女らしい反応に京はがしがしと頭を掻いた。
「…庵たち呼ばねえと」

 

 

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