2月13日の花:ヤドリギ=征服
??/その他




叢雲は傍らの存在を起こさぬ様、そっと身を起こした。
薄い綿布はするりと彼の裸体を滑り落ち、腰の辺りで蟠る。
そこから抜け出して小袖だけを纏い、腰紐で軽く結う。
「……」
見下ろすと、傍らで横になっている八尺瓊は変わらず眠り続けていた。
叢雲は足音を忍ばせ、静かに部屋を出ていった。
「飛び梅」
老木の前に辿り着くと、さわりと枝が揺れた。
「この様な夜更けに如何した」
老木の問いに叢雲は視線を伏せ、頼みがある、と告げた。
「もし、私が妙な行動を起こしたら窘めて欲しい。八尺瓊が不快に思うような事を言い出したり、主様の為にならぬ事をしでかす前に」
「やはり須佐之男命の事か」
その名に叢雲の表情が辛さを帯びた物へと変わる。
「この様な事をお前に頼む事自体がもう八尺瓊を不快にさせてしまうだろう。けれど私はお前に頼るしか術を見出せない」

――八尺瓊、私はあの方が…

あの日以来、八尺瓊が彼の方の名を口にする事はなくなった。
恐らく彼にも聞こえたのだろう。
叢雲の、己の半身の中で何かが軋む音を。
「分かるのだ、飛び梅。あの方の内でうねるものが。まるで胎の中の赤子の様にこちらを覗いている」
いつか破水するように流れ出し、そしてそれは生まれ落ちるだろう。
「あの方は確実に主様の、我らの禍と成るものを産み落とす」
けれど、それに惹かれる自分がいる。
思考がそれで埋め尽くされる。
その先を見てみたいと。
「今ほど武神である我が身を呪った事はない…後生だ飛び梅、私から目を離さないでくれ」


「……」
叢雲が部屋を出ていく気配に八尺瓊は目を薄らと開けた。
やがて遠ざかる気配に身を起こす。
飛び梅の所へ行ったのだろうか。
小袖をとろうと腕を伸ばし、ぴくりとその腕が止まる。
叢雲の悲鳴が聞こえる。
もがき苦しむような思念が。
叢雲は途惑っているのだ。
今まで主の為だけに生きていた所を突然横から腕を引かれ、途惑っている。
「……」
何かが軋む音が聞こえる。
ずれてしまった歯車が、それでも無理矢理に廻ろうとするような。
何かが、起ころうとしている。

 

 

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