2月14日の花:アザレア=私は初恋です
K’、京/団地妻




初恋は実らない、なんて誰が言い出したのだろう。

その日、仕事が休みだったK’は昼過ぎにのろのろとベッドから這い出し、いつもの様に某団地へと向かった。
「……?」
だが、インターフォンを鳴らしてもその扉が開かれる事はなかった。
マキシマは仕事の為、居ないのは当たり前なのだが京はどうしたのだろう。
買い物にでも行ったのだろうか。
そう思いながらポケットからキィを取り出し、鍵穴に差し込んだ。
京から貰ったその合い鍵で鍵を開け、靴を脱いでふと気付く。
京の靴はある。
テレビの音も聞こえてくる。
部屋を覗くと、テレビを付けっぱなしにしたままマイクロビーズクッションを枕に寝こけている京の姿があった。
「……」
K’はそろりと彼に近付き、その顔を覗き込む。
無意識にかきあげたのか、後ろへと撫で付けられた前髪。
額を出している所為か、寝ているその表情はいつもより幾ばかりか幼く感じた。
水色のエプロンを着けたまま、胎児の様に小さくなって眠るその姿にK’は辺りを見渡した。
京が愛用している座椅子型クッションの上に無造作に置かれていたタオルケットを取上げるとそっとそれを京の体に掛けてやる。
K’は枕元に腰を下ろすとじっとその寝顔に見入った。
まだ京と出会って一年も経っていないというのに、まるでもう何年もずっとその姿を見続けて来たような錯覚に囚われる。
この感情は、そういうモノなのだとK’は自嘲気味に唇の端を持ち上げる。
手を伸ばし、指先で彼の髪に触れてみた。
その漆黒の筋を辿るように指の腹で撫でてみる。
艶やかな感触に、K’は更にその指を差し入れてみる。
起きてしまうだろうか、と思ったが京は相変わらず寝こけたままだ。
その額に、目尻に、頬に、唇に口付けてしまいたい衝動に駆られてK’はその手を引いた。
どれほど京を想おうと、兄も大事だというこの思いがある限り、これ以上は進めない。
目には見えないこの境界線。
ここを踏み越えてはならない。
「…チッ」
脳裏を掠めた言葉に小さく舌打ちをする。
初恋は実らない、なんて。
洒落にならないほどハマり過ぎていて。
「……」
チクショウ。
悔し紛れに呟くしか、出来ない。

 

 

戻る