2月16日の花:プリムラ(桃)=長続きする愛情
庵、京/??




「たっだいまー」
午前四時を廻った頃、アルコールの匂いを撒き散らしながら京は帰って来た。
室内は当然のように暗い。
微妙にずれた鼻歌を歌いつつ手にしていた紙袋をソファに放り投げ、上着もズボンも脱ぎ捨てて寝室へと向かう。
真っ暗なベッドルーム。けれど京の眼はしっかりとベッドの上の盛り上がりを捕らえていた。
「いーおり!」
ぼすっと倒れ込んでその盛り上がりに覆い被さると、それはもぞもぞと動き始めた。
「…酒臭い」
「メニュー全制覇してみたー」
へらへら笑っていると二本の腕が伸びて来て京を捕らえた。
「寝るならさっさと寝ろ。俺は眠い」
シーツの中へと引きずり込むその腕。
「りょーかーい」
京は笑いながらその脚を庵の体に絡み付け、抱き枕宜しくしがみ付いた。


翌日、昼過ぎにのろのろと起きて来た京はシャワーを浴び、まだ水の滴る髪にタオルを被せてリビングへ向かった。
「あれ」
ソファの上で音楽雑誌を広げている庵の姿に首を傾げた。
「今日ライブの打ち合わせとか言って無かったっけ」
「明日に変更になった。飯はどうする」
「んー、どっちでもいい」
庵の隣りに腰掛けると、「髪くらいしっかり拭け」と頭に被せたタオルでがしがしと掻き回される。
「あ」
ソファの隅に置かれていた紙袋に気付いた京がそれに手を伸ばす。
小さ目の青いその髪袋は透明テープでしっかりと封がしてあり中に何が入っているのか窺う事は出来ない。
「昨日ゲームの景品で貰ったんだわ。マンネリ解消にどうぞって。『夜のお楽しみ袋』」
「……」
テープを剥がしていく京を尻目に庵は呆れたような表情で煙草を取り出し、火を付ける。
「えーと…『挿入天国〜イカせてお兄ちゃん!(新素材使用&喘ぎ声付き)〜』」
「……」
「『れいこ〜お口でしてアゲル〜』フェラホールっつっても普通のホールと同じじゃねえの?」
「知らん」
京は取り出した物の商品名を読み上げながら次々にテーブルに並べていく。
「あとはピンクローターとゴムと…手錠まであるぜ。なあ、コレ何?」
「…カテーテル」
「カテーテル?」
「本来は医療器具だ。口腔、鼻腔、腸、胃、点滴用など様々な種類があるがそれは導尿用だな。快感を得る為にそれを尿道に差し入れる者も居るという事だ」
げ、と京が顔を顰める。
「何か怪我しそうじゃねえ?」
「実際に尿道を傷付けて医者の世話になる羽目になる者も居る事は確かだな」
バカじゃねえ、と笑いながら京は更に紙袋の中を漁る。
「バスローション?えーっと…」
説明書きを読んでいた京がくるりと振り返った。
その瞳はきらきらと輝いている。
「い・おり〜、これ使いたい!」
じゃん、と効果音付きで差し出されたそれ。
要は風呂に入れると湯にとろみが出てローション風呂の様になるらしい。因みに保湿成分・コラーゲン配合、優しい甘さが香るミルキーローズ。
「……」
庵は盛大な溜息を吐き、好きにしろと告げた。
「あとはリキッドが何本かある。アッパーっぽいヤツ。あ、ガラナ発見」
小さな茶瓶に黒いラベルの張られたそれ。
ハートマークの上に書かれたガラナの文字がいっそ愉快だ。
「こーゆーのって本当に効くのか?」
「飲んでみればいいだろう」
どうでもよさげに返すと、京は「あ、そうか」とあっさりとそのキャップを捻った。
まさか本当に飲むとは思っていなかった庵の目の前で京はぐいっとその中身を呷った。
「う」
飲み下すなり京は小さく呻いて立ち上がり、ばたばたと騒々しい音を立ててキッチンヘと駆け込む。
「苦!マズ!!」
ミネラルウォーターをグラス一杯飲み下してからそう叫び、水では収まらないのかインスタントコーヒーを分量も適当に手早く作ってそれを一気に飲み干した。
「あー激マズ。マズイモノ上位三位に食い込むぜ」
呻きながら庵の隣りに戻って来た京は「ほら」とその小瓶を庵の眼前に持っていった。
「飲んでみろよ」
四分の一ほど残っているそれを突き付けられ、庵は嫌そうに顔を背けた。
「遠慮させてもらおう」
「飲めっつーの」
更に突き付けられるそれに、庵は仕方ないと溜息を吐いてその小瓶を受け取るなり呷る。
辛味にも近い苦味と液状の癖にざらりとする舌触りに庵の表情が微かに歪んだ。
そして飲み下すと同時に煙草を灰皿に押し付け、先程の京と同じく立ち上ってキッチンヘと向かった。
「マズイだろ、マズイだろ?な?なっ?」
何処か嬉々とした色を滲ませて問い掛けてくる京に背を向け、庵は洗面台へと向かう。
「あ、俺も」
無言で歯ブラシを手にした庵に続き、京も自分の歯ブラシを手に取った。

 

 

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