2月18日の花:ラッパズイセン=もって生まれた素質
庵、京/97




京はその日、所用で某テレビ局に来ていた。
とはいっても何か撮影をしたとかそんな大仰なものではなく、知り合いと会議室で一時間ほど話をした程度だ。
それが終わってから、大人しくさっさと帰っていれば良かったのかもしれない。
見馴れた局だからという油断もあったのかもしれない。
あの時、ロビーの自販機でコーヒーを買ってのんびり飲んでいなければ。
「はい、じゃあ本番いきまーす!」
今頃は庵のマンションに帰っていられただろうに。


『京ちゃんじゃなくてね、庵さんにお願いがあるのよ』
草薙静から電話が掛かって来たのは、午後を廻って一時間もした頃だった。
まさか自分に用が有るなどとは思っていなかった庵は電話口の相手が静だと分かるなり京は学校だという事を告げたのだが、彼女はあっさりとそれを肯定して冒頭の一言を告げたのだ。
「自分に、ですか?」
先のKOFが幕を下ろして半年。何だ間だと京は家に帰っていない。
京を家に返せという事だろうか。
だが、彼女の頼みはそんな重いものではなかった。
「…今夜の特番を、ですか」
どうやら今夜放映される某歌謡曲特番をビデオに撮っておいて欲しいと言うものらしい。
草薙家のデッキは現在不調らしく、静とも仲の良い二階堂、ユキはモデル業の都合でそれぞれ遠方へ。
という事でこちらにお鉢が廻って来たらしい。
しかもどうやら特番自体はどうでも良いらしく、最後に流れるスタッフロールを撮っておいて欲しいという。
何だそれは。
疑問に思いつつもとりあえずそれを承諾すると、彼女は頻りに礼を言いながらこう続けた。
『出来れば京ちゃんには知られない様にして欲しいのよ』
私がビデオに撮ってるって知ったらきっと怒るから、と彼女は告げる。
何が、と思いつつもそれも承諾し、庵は電話を切った。
「…?」
沈黙した電話機を腕を組んで見下ろしつつ、庵は首を傾げた。


夕食後、リビングでコーヒーを啜りながら件の歌番組を見ていると、隣りに座っていた京がそわそわしだした。
「あ、あのさ、番組変えても良い?」
いつもなら「変えるぜー」の一言で勝手にチャンネルを変える京が珍しく聞いて来た。
京は気付いていないが、既に録画をしているので問題はないと判断した庵は好きにしろと告げる。
許可を得た京は早速他の番組に変えていくが、特にこれと言った観たいものがあったわけではないらしく、二周ほどさせてからバラエティ番組に決めた。
そしてリモコンを抱えたままそれを眺めている京。どうやら庵が先程の歌謡曲特番に戻したりしない様にしているらしい。
そして九時を過ぎるなり京は安堵したような溜息と共にリモコンを放り出し、風呂に入る、とリビングを出ていってしまった。
「……」
一体何なんだ。
庵は京が放り出したリモコンを取ると、ビデオデッキに向かって巻き戻しボタンを押した。
そして再生してみると、ちょうど司会者達が「また次回お会いしましょう〜」などと手を振っていた。
そして流れ出すスタッフロールとエンディングテーマ、そして映像。
エンディングテーマを歌い上げるのは最近見掛けるようになった男性ボーカリスト。
彼が歌うシーンと、その歌のイメージ映像が交互に流れていく。
「……」
その途中で静の言葉の意味を理解した庵は、また巻き戻して初めからその映像を観た。
イメージ映像の中に、時折京がいる。
後姿だったり俯いていたりとどうにかして顔は映っていないのだが、自分が彼を見間違う筈はない。
そう言えば一ヶ月ほど前に臨時収入が入ったとかで珍しく彼が食事を奢った事があったが。
「……」
庵はビデオをデッキから取り出すと他のテープと一緒に紛れさせる。
静にテープを渡しに行く時にでもついでに聞いてみるか。
「庵ー、パジャマ持って来るの忘れたから持って来て」
バスルームから響く声に、庵は寝室へと向かった。

 

 

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