2月21日の花:ノースポール=優しい気持ち
庵、舞、京/98パラレル




「今年は完全エディット制とします!」
ということでドドンとテーブルに置かれたくじ引きの箱。
一人一人が名前を呼ばれてはくじを引き、紙に書かれたナンバーに従ってチームが出来ていく。
そしてその結果。
「ちずるオネエサマ、やり直ししませんか」
「しません」
にっこり。
京の申し出をあっさり否定したちずるは嬉しそうに笑った。
「草薙と八神が一緒のチームだなんて、喜ばしい事ですわ」
そう、京のチームメンバーは不知火舞と八神庵なのだ。
何の因果だ、寧ろ神楽が何か細工したのでは、と疑ってしまう面子だ。
試合だけを考えるのなら、まあこの面子でも耐えよう。
舞に然して不満があるわけではない。
庵の方も、彼と戦えないのは多少残念ではあるものの、彼とは戦おうと思えばいつでも戦えるのだ。
何が嫌かというと。
「何で部屋がツインとシングルなんだよ!」
八神庵と同室。
男二人と女一人のチーム。これが一番妥当だと思うのだが、京は他の誰が同室であっても良いのだが彼だけは、八神庵だけはご遠慮願いたかった。
「何でそんなに嫌なのよ。アンタたち、今年はお家がどうのっての無しなんでしょう?」
「そりゃだって家も何も俺は生死不明だし庵も行方不…」
問答無用で庵の手が京の口を塞ぎ、手の下でもごもごと呻く声が残った。
「ぷはっ!何だよ庵のアホ!」
「阿呆は貴様だ。禁句をべらべらと口にするな」
「良いじゃん、どうせパラレ…」
「それ以上言うとその口塞ぐぞ(当然庵自身の口で)」
「もう言いません(即答)」
「それで?京は何がそんなに嫌なのよ」
すると京はぐっと詰まり、小さく唸り声を上げた。
「ちょっとこっち。庵は来んなよ」
京は舞の腕を引き、庵から離れていく。
そして舞の耳に手で作ったメガホンをあて、ぽしょぽしょとその理由を告げた。
「……ぷっ」
それを聞いていた舞が途端吹き出し、次の瞬間には声を立てて大笑いしていた。
「アハハハハ!そっ、そんな理由だったの?!」
大笑いする舞に、京は赤面しながら「重大じゃねえかよ!」と抗議する。
「だっ、だってそんな…ウフフフフ…やだもう、京ちゃんってば!」
「し、仕方ねえだろ…」
「ウフフフ…じゃあこうしましょう」
舞は拗ね始めた京を引っ張って庵の元へ戻ると、些か不機嫌そうな表情の彼に扇子の先を突き付けた。
「庵さんがシングルを使って下さいな」
その発言に、さすがの庵も眼を見張った。
「は?庵がシングル使ったら、舞ちゃん、俺と同室になっちまうぜ?」
「構わなくてよ。それとも京がシングル使う?」
自分がシングル。ということは。
「ダメ!!絶対却下!!」
毛を逆立てた猫の様に猛反対する京に舞は可笑しさを堪えきれないといった風に笑う。
「だったら私がシングルで貴方と庵さんがツインを使うか、庵さんがシングルで私と貴方がツインを使うか」
さあ、どちらがよろしくて?
「………」
ちらりと庵を見ると、とてつもなく不機嫌。
ちらりと舞を見れば、とてつもなく愉快気。
「………舞ちゃん」
呟くと同時に咄嗟に舞の背に隠れる。
女の後ろに隠れるなど普段ならプライドが許さなかったが、今はそれ所ではない。
庵の方が怖いのだ。
「庵と一緒の部屋は、嫌」
舞の背に隠れて小さく、けれどもはっきりと告げると一瞬庵の表情が揺れた。
「…好きにしろ」
庵はそう吐き捨てるように告げて二人に背を向けた。


「庵さんに理由、ちゃんと言った方が良かったんじゃないの?」
シャワー上がりで塗れている髪をタオルで拭いながら、舞は向かいのベッドの上で拗ねている男にそう声を掛ける。
「あれは完全に怒ってたわよ」
「わーってら」
胡座を掻いたまま前後左右に揺れながら京は呟く。
「…わかってら、んな事…」
そんな京の姿に、舞は小さく笑いながら京のベッドに腰掛けた。
「試合は沢山あるんだから、今夜ぐらいいいんじゃないの?」
「だって、去年の大会からずっと何もしてねえから衰えてるかもしれねえし…」
うふふ、と舞が笑う。
「京ちゃんは、自分が弱くなっているかもしれないって事が怖いのね」
「…失望されたく、ないんだと思う。あーヤダ」
「庵さんの事が本当に大好きなのね、京は」
「…悪いかよ」
いいえ、と笑いながら舞はむくれっ面の京の額に軽く口付けた。
「明日から頑張りましょうね。おやすみ、京ちゃん」
目を丸くしている京を尻目に、舞は鼻歌混じりに自分のベッドへと向かった。


翌朝、一人でロビーに降りて来た舞に庵は訝しげな視線を向けた。
「おはようございます、庵さん」
「京はどうした」
開口一番出た京の名に、舞はくすくすと笑う。
「京でしたら随分前からテリーと『遊び』に行ってますわ」
その応えに庵の表情が微かに揺れる。
京とボガード兄がじゃれあいの様な手合わせをよく行なっているのは知っている。
だが、あの寝汚い京がわざわざ早朝から出掛けて行くなど。
「いじらしいと思いません?」
舞は扇子を広げて笑みを象る唇を隠すように口元に宛てる。
「たった一人の為にブランクを消す事に必死になって」
微かに庵の目が見開かれる。
「勘を取り戻すまではしないんですって」
何を、とは言わなかったがそれで十分通じた。
「……」
庵は踵を返すとさっさとホテルを出ていってしまった。
恐らく京を探しに行ったのだろうと舞は見当付ける。
「…ウフフフ」
そして可笑しくて堪らず、舞は扇子の影で笑う。
「いやだ、庵さんってば…フフフ」
庵の目の下に薄っすらと浮き上がった隈。
「ああもう、どうしましょう」
うずうずと湧き上がる衝動を抱えながら辺りを見まわすと、ちょうどエレベーターから見知った顔が降りてくるのが見えた。
「キングさーん!おはようございます!!」

 

 

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