3月6日の花:ハナカイドウ=美人の眠り
庵、京/2002




目を覚ました庵は、医師の告げた通り記憶障害とやらになっていた。
傍らの京の姿に気付くなり、
「貴様、草薙京か…?」
と睨まれた日にはもう笑うしかない。
しかも何故どうしてどういう事だの連発。
話すと長くなる上に公共の場で話せるような内容でもない。
とにかく殺気立つ庵を宥めつつ、京は彼をマンションに連れ帰る事に成功したのだが。(医師は入院を勧めたのだが庵自身が嘲笑と共に辞退した)
やはりここでも何故どうしてどういう事だの嵐。
そりゃあ自分と怨敵が一緒に住んでりゃ問い詰めたくもなるだろうが。
とりあえず、今の問題は自分の腕の中の子供と部屋で自分達を待っている弟二人の事だ。
みづきは庵が目を覚ます頃には入れ替わるように眠ってしまい、今の所みづきに寄る混乱は引き起こされていない。
病院を出る時、庵はみづきの事を聞いてきたが、自分の息子だと答えるとそれ以上は何も言ってこなかった。
恐らく今の彼の中での「草薙京」は宿敵草薙家の当主で、その息子だという子供は草薙家の跡継ぎと認識されているだろう。
そしてその子供を庇い、事故に遭ったらしい自分の事。
事故に遭う前までの自分は何を考えていたのか、とでも思っている事だろう。
重苦しい空気のまま目的の扉の前に辿り着いた。
『YAGAMI』の表札の前で、当たり前の様にポケットから部屋の鍵を取り出す京の手元に庵の視線が突き刺さる。
「……」
いつもなら「ただいま」と告げながら入る所だが、そんな気になれずに京はさっさと室内へと足を踏み入れた。
「あ、おかえりー!」
「庵のアタマどうだったー?」
ひょこっとリビングから覗いた二つの顔に、庵が固まるのが分かった。
「記憶ソーシツってマジ?!俺らの事もお忘れモード?」
「ギャハハハハ!!!庵らしー!!」
褐色の肌を持つ、京と同じ顔が二つ。
どーしよっかなー。
京の率直な思いはその一言だった。
「あーのさ、右が京大で左が京也」
指を差して紹介すると、庵はそれはもう嫌そうな顔をしていた。
京と同じツラが二つも三つもぽこぽこと。そりゃあ嫌にもなるわ。
「とりあえず、今までの事とか、簡単に説明するから…」
そう苦笑し、みづきを京也に渡した京はコーヒーを淹れる為にキッチンへと向かった。

 

 

戻る