3月16日の花:ヘーベ=遊び心
庵/2P




その日、京を学校に送り出した庵は再び惰眠を貪っていた。
それは日が傾くまでは続くだろうと思われたのだが、一本の電話に庵は叩き起こされる事になる。
「……」
始めこそ居留守を決め込んでいたのだが、延々と鳴り続ける電子音に庵はのっそりと身を起こしてリビングへと向かった。
「……」
『はよ取らんかいボケェ!!』
寝起き半分不機嫌半分で名乗らずに受話器を取った庵の耳をその怒声が貫いた。
「…貴様か」
『「…貴様か」やないわ!どうせテメエの事やから京がおらん事をええ事に惰眠貪ってけつかったんじゃろ!京が嫌な思い押し殺ーて授業受けとんのに!!』
その京も恐らく今ごろは教科書を枕に居眠りしている事だと思われるのだが、電話の向こうの相手にそれを言った所で通用するわけが無い事を知っている庵はただ無言で溜め息を吐いた。
「それで、何の用だ」
『あ、そうそう。あンなー、俺、そっちに引っ越す事にしたから』
「…何?」
今この男は何と言った?
『やからテメエのマンションの七階に引っ越すつってんだろ』
これは夢の続きか。悪夢か。
「……いつだ」
庵は柄にも無く受話器を持たない方の手で頬を抓る。
痛い。夢ではないらしい。
『今日。もう荷物送ってあるし、後は俺自身が行くだけ』
勘弁してくれ。
だが電話の向こうの相手は庵の心中などお構いなしに話を進めていく。
『ちゅーことでな、夕方に京拾ってそっち行くわ』
茶菓子用意しとけよ、と一方的に切られ、庵は手の中の受話器を愕然と見下ろした。
奴が来る。見てくれだけは京に似た、あの忌々しい男が。
「……」
勘弁してくれ。
先程も脳裏を過ぎった言葉をもう一度繰り返し、庵は溜め息を吐いた。

 

 

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