3月21日の花:ハツコイソウ=秘密
青京/2P




あれは京が十歳、俺が十三歳の頃だ。
夏休みを迎えた俺と京は京都の本家で日々を過ごしていた。
それは毎年の楽しみだった。
ある日、一組の父子が屋敷を訪れた。
蝉が煩いくらい鳴き喚いていた。
京と同じくらいの子供を従えた男は、当主…紫舟様と何やら話していた。
京の手招くままに俺は京と雁首並べ、その部屋をこっそりと盗み見た。
男も紫舟様も、言葉や態度に多少ぎこちなさが見え隠れしていたけれど、それでもそこに険悪さは見受けられなかった。
だから、まさか彼らがそうであるなどと気づかなかったのだ。
男が、八神家の当主だったなど。
そしてその男に付き従う大人しい子供が次期当主とされる子供だったなどとは。
しかも紫舟様はその二人に京と、そして俺までもを紹介したのだ。
紫舟様も男も、家同士の確執には余り関心が無い様子だった。
俺はその時まで周りの言う「敵」とは八神の事だとばかり思っていただけに衝撃的だった。
紫舟様と男の計らいで俺達三人は言葉を交わす機会を得た。
子供の名を、庵と言った。
まだ両家の確執や何もかもを知らない京は『八神』の名に反応しなかった。
ただ純粋な好奇心が彼の中を駆け巡っていた。
当主二人から少し離れた縁側で並んで座り、そこから京の質問攻めが始まった。
京は新しい玩具を与えられたかのように頻りに庵に話し掛け、庵も消極的ではあったがそれに答えていた。
それからというもの、庵は二日と開けず八神家当主に付き従い屋敷に訪れた。
京はあっという間に懐き、何をするにも庵と一緒にやりたがった。
俺はそれが気に入らなかった。
まず第一に彼は八神の直系だということ。こちらの気を緩めておいて京をその手にかけるつもりではないだろうかと疑った。
そしてもう一つは子供染みた独占欲。
それまでは庵のそのポジションは自分の場所であったはずなのに、いつのまにか一歩退かざるを得ない状況になっている。
日を重ねる毎に後者の思いは前者を飲み込むほど増殖していく。

そこは、俺の居場所だ。

ある日、何故八神を迎え入れるのかと紫舟様に問いただした。
草薙と八神の確執を建前に、どうにかして二人を引き離したかった。
応えは、反論の行き場を失わせた。
彼らが屋敷を訪れるのは、庵を京に会わせるためだと紫舟様は答えた。
庵は、今までの当主の中でも群を抜いて濃い血を持って生まれてきてしまったのだと。
このままでは血の暴走を起こし、やがて死に至るだけだと八神家当主…庵の父親が悟り、彼の独断で庵をここへ連れてきているのだと言う。他の者たちは誰も預かり知らぬ事なのだと。
京もまた、草薙の血を誰よりも濃く、強く受け継ぎ生まれてきた存在。
京の力が無意識に庵の中の大蛇を抑え込み、染み込んでゆくのだと。
幼い草薙と八神の象徴。
いがみ合うのではなく、そうやってお互いが惹かれあうのが正しい姿ではないのだろうかと思わせる二人の姿。
一度は二人を見守ろうと思った。
けれど、あの頃は俺も所詮はまだまだガキんちょで。
京への独占欲に傾き、「影」としての分を弁えちゃいなかった俺は、絶対に犯してはならない罪を犯した。

 

 

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