3月22日の花:アスパラガス=敵を除く
青京/2P




その屋敷が何処に在るのか、知識の一つとしては知っていた。
訪れたのは、あの時が始めてだった。
たった一人、僅かな小遣いで電車を乗り継いで辿り着いたその屋敷。
草薙本家と同じくらいの大きな日本家屋。
閉ざされた門の前にまで来ておいて、呼び鈴を押すか否か迷っていると不意に傍らの小間使い扉が開いた。
あら、どちらさま?と竹箒を手にした御女中らしき老女が俺に問い掛ける。
敷地内に足を踏み入れる勇気の無かった俺は、その老女に告げた。
最近、草薙の総本家によく出入りする父子がいる。
笑い話にしかならないと思わないか。
草薙を怨敵と高らかに唱える八神の当主とその子息が草薙に助力を求めるなど。
八神も堕ちたものだ。
目を見開き、表情を強張らせた老女に背を向けてその場を立ち去る。
背後で竹箒を取り落とし、慌てて屋敷の中へと駆け戻っていく気配がする。
けれど振り返る事無く来た道を戻っていく。
早く、早くお前たちの隠居どもにでも伝えろ。
そして二度と、二度と俺達の前にその姿を見せるな。
やがて足取りは早まり、気づけば高鳴る心音と同じく走り出していた。
とうとう言ってしまった。知らせてしまった。
してはならない事をしたのだと言う後ろめたさと、何よりこれで京が自分を見てくれるだろうという喜び。
両極端な思いはぶつかり合い、せめぎあいながら俺を奇妙な昂揚感に導いた。
脳裏に庵の冷めた顔が思い浮かぶ。
ハハッ!ザマアミロ!!
俺は踊り出したい気持ちに駆られながら帰路に就いた。
大丈夫、京には俺が居るから。
お前はお呼びじゃないんだよ。

 

 

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