3月23日の花:アイビーゼラニウム=変わらない思い
青京/2P




俺が八神の屋敷を訪れた翌日から、彼らが俺達の前に現れる事は無かった。
京と離れ離れになった事で、もしかしたら庵はおかしくなってしまうかもしれない。
血の暴走を起こして死んでしまうのかもしれない。
けれどそれに蓋をした。
京に頼らなくてはならないような庵の脆弱さが悪いのだ。
仮にも八神の次期当主なのだから自分で何とかするべきだ。
そう何度も心中で己に言い聞かせて。
紫舟様は多分気づいていたんだと思う。
俺があの父子の事を八神に知らせた事を。
けれど紫舟様は咎める言葉も責める言葉も何も言わなかった。
ただ時折、何処か痛ましげな眼で俺を見下ろしていた。
何故そんな目で見られるのか、俺には分からなかった。
京は、酷く悲しんだ。
突然来なくなった庵。
どうして来ないのかと何度も俺に聞いた。紫舟様やお方様にも。
夏の終わり、それぞれの家に帰る前夜。
俺は湯殿の支度が出来た事を知らせるために京を探していた。
京はお方様の部屋に居た。
もう、庵に会えないのかな。
障子越しに聞こえてきた京の声に足を止める。
庵ちゃんと離れ離れになって京は悲しいのね。寂しいのね。
京、あなたには見えない糸のようなもので繋がっている人と、繋がっていない人が居るの。
人はそれを縁と呼ぶわ。
友達になれた人、恋人になった人、出会えた人々とは少なからず縁と言う糸で結ばれているのよ。
庵ちゃんとあなたは出会えた。少なくとも、そこに縁があるのよ。
その糸はすぐ切れてしまうものだったり、ずっと繋がっているものだったりと様々。
でもね京、あなたと庵ちゃんの縁はとっても強い糸で繋がっているの。
だからいつかまた、必ず会えるわ。
ええ、本当よ。
けれど京、これだけは忘れないでね。
縁にも良いものと悪いものがあるの。
元からどちらかにはっきり決まっているものは少ないわ。
その縁を吉凶どちらにするかはあなた次第。
だからね、京。
いつかまた庵ちゃんと会えた時、あなたにとっても庵ちゃんにとってもその糸が良い糸になるよう心掛けましょうね。
お方様の穏やかな声。
俺は自分の心拍数が不自然に上昇しているのを感じた。
なのに血の気は引いていて、背筋から何かが這い上がる。
己の浅はかさを見透かされたような言葉。
そうだ、彼らはそういう風に生まれている。
出会うように遺伝子レベルから仕組まれている。どんな形であれ。
それを別つような事をした自分。
無駄な事だったのか。
結局二人は出会ってしまうのか。
紫舟様のあの哀れむような目は、そういう事なのか。
俺は所詮、光にも闇にもなれない道化か。
ならせめて。
せめて憎みあえばいい。
どうしても断ち切れぬ糸ならば。
その名を聞くだけで不快になるような。
そんな関係に。

けれどこの時の俺はまだ知らなかった。
強すぎる愛情が簡単に憎しみにへと裏返るように。
その反対もまた、有り得るのだという事を。

 

 

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