3月24日の花:レウイシア=信頼
???/その他




飛び梅の根元でうたた寝をしていた叢雲は、見知った気配を感じて瞼を持ち上げた。
「出てきたらどうだ、もぐら」
地面を見下ろして告げると、投げ出した叢雲の足元から土の抵抗など全く無く大熊がその姿を現した。
「もぐらではないと言っておろ」
茶色い毛並みの大熊は不愉快そうに言い返す。
「土熊ともぐら、さして変わらぬであろ」
「変わる」
しれっと返す叢雲に大熊は拗ねたように呟いた。
この大熊もまた、飛び梅と同じく遠呂智の八つの首の一つ、その化身だった。
飛び梅が風ならば、土熊は大地。
そして大地の中を泳ぐように移動する事を好む彼の姿を、叢雲が揶揄って「もぐら」と呼んでいる。
「して、何用ぞ」
「舞雷(まいらい)が先の魂振りの儀で寝てしもうてからちいと暇での」
魂振りの儀を行うようになって三つの年を数えた。
八つ存在した主の分身は一つの年に一つずつ眠りに就いていき、今年は舞雷がその役を受け、眠りに就いたのだ。
因みに舞雷とは遠呂智の八つの首の一つで、普段は雷を纏う青鷺の姿をしていた。
「お前が暇でも私は眠いのだ。木蓮にでも構うて貰え」
「木蓮とは反りが合わぬ。加えて水の衣が突っかかって来よう」
木蓮と水の衣も彼らと同じくの存在だ。
誰もが同じ主からその姿を成した「首」の一つであっても相性の良し悪しはあるようだ。
土熊は土、木蓮と水の衣は木と水。
力だけならば彼らの相性は良さそうなものなのだが、性格の方が合わないようだ。
「山一つ向うの気に入りのあけびの樹、そろそろ時期ではないか?」
あけびの名に叢雲の肩がぴくりと反応してその身を老木から起こす。
「柿栗もなっておろうなあ」
土熊の業とらしい物言いに叢雲は黙り込む。
彼が半身と共にこの地に降りてからは木の実の類を好んで食していた。
神である身の為、食を必要とする身ではなかったがそれでも山々になる果実をもいではその味と四季を楽しんでいた。
そして魂振りの儀を終えて暫くの今。
山が茶と紅に染まるこの時期は。
「…団栗拾いも付き合うてくれるか?」
伺うように告げる叢雲に土熊は相好を崩す。
「応よ」
「ならば行く」
むすっとした表情で叢雲は立ち上がる。
別に不機嫌なわけではない。寧ろその逆で浮き足立っているのだが、それを土熊によって上手く引き出されてしまった事に気恥ずかしさを感じているのだ。
「飛び梅」
叢雲は土熊の背に跨りながら寝床になっていてくれた老木を振り返る。
「八尺瓊には日が落ちるまでには帰ると」
「相分かった」
飛び梅の応えを受けると同時に叢雲を乗せた土熊が駆け出した。

 

 

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