3月25日の花:ハナビシソウ=私を拒絶しないで
庵、青京/2P




陽生が同じマンションに越してきて半月。
庵の予想通りに陽生は何だかんだと庵と京の部屋に訪れてはちょっかいを出して帰っていく。
けれども以前ほどの手足の速さや嫌みったらしさ(どちらも庵限定)は見受けられなかった。
その所為もあってかはたまた自分がそれに馴れてしまったのか(恐ろしい事に)は分からないが、以前ほどの疲れを感じなくなっていた。
そして今日も夕飯時に当たり前のようにやってきた陽生と食事を摂り、今はリビングのソファで風呂上がりの京の髪を拭いてやっていた。
「……」
庵が風呂から上がる頃にはリビングは静まり返っており、振り返った陽生が立てた人差し指を口元に当てて静かにしろと示した。
ソファの上では陽生の膝を枕にしてすっかり寝こけている京の姿があった。
どうやらドライヤーの途中で寝てしまったらしい。
陽生の身振り手振りで意を察した庵は彼らに歩み寄り、そうっと眠る京を抱き上げた。
「…ぅ〜…」
抱き上げられる感覚に僅かに京が声を上げる。
「寝ていろ」
庵の言葉が聞こえたかどうかは分からない。
だが京は庵の胸に軽く擦り寄ると再び寝息を立て始めた。
庵が京をベッドに寝かせてリビングへと戻ってくると、陽生は己の膝の上に肘を立て、そこに顎を乗せてぼうっとしていた。
そして徐に口を開いた。
「俺の名前さ、何て字、書くか知っとるか」
訝しさに開いた沈黙の後、庵は短く答えた。
「太陽の陽に生きる」
正に彼らしい名前だと庵は思う。
太陽…草薙家の、いや、京のために生きる、など。
すると陽生は微かに笑った。
それは彼の得意とする勝ち気な笑みでも、庵を見下す時の笑みでもない。
「本当はさ、違うんだわ」
自嘲気味の笑みで。
「本当はこう書く」
ローテーブルの上に転がっていたボールペンを取り、適当な紙を探す。
そしてそこに綴られた二文字。
『夭逝』
微かに片眉を跳ね上げた庵に、彼はその笑みを深める。
「カッコイイやろ?」
言葉と裏腹に、彼はそれを吐き捨てるように告げた。

 

 

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