3月28日の花:スプレーカーネーション=よき競争相手
庵/2P




草薙家当主である京に陽生という影がいるように、八神家当主である庵にも影はいる。
それが八神紫と八神黒谷だった。
紫は庵の従兄で、陽生と同い年で庵より三つ年上だ。
庵がその髪を赤く染めた折り、ならば自分もとその名と同じ色に髪を染めた。
性格ははっきり言って余り宜しくない。
他人には人当たりよく接しているが腹の中は見せられたものではない。
最近の趣味は庵や京をからかう事らしく、暇を見つけては二人の部屋に勝手に上がり込んでいる。
逐一毛を逆立てた猫のように憤慨する京の反応が可笑しいのか、毎回毎回京を怒らせては大笑いして帰っていき、その度に庵は京の八つ当たりの被害者となる。
それでもいざという時は頼りになるだけに庵も強くは言えず、溜め息ばかりが増えていく。
そして八神黒谷。
黒谷も同じく従弟で、庵より二つ年下だ。
庵や紫より少し長めに伸ばした前髪は庵と同じ髪型をするためと言うよりは己の顔を隠すためといった感じだ。
その性格はこれ以上に無く陰気で人見知りが激しく、滅多に口を利かない。
学校では真っ先に苛められそうなタイプだったが、寧ろその通常の子供には理解できないほどの陰気さに誰もが彼の存在自体を見て見ぬふりをした。
それほど彼は自分の内側に引き篭もり、自分だけの世界を作り上げていた。
中学を卒業してから庵と引き合わされた紫とは違い、黒谷は幼い頃から庵の傍にいた。
自分が何も言わなくとも庵は黒谷の意を察したし、庵自身滅多に口を開かなかった。
それもまた、彼の引き篭もり具合に拍車を掛けたのかもしれない。
学校以外で家を出ることも無く、自室から出てくるのも必要最低限。
だがまあ紫と違ってこれと言って実害がある訳でも無し。
庵は実妹と同じように彼を弟のように大切にしていたのだが。
庵が京と暮らし始めて暫く経った頃、紫が黒谷を連れて部屋を訪れた。
あの時の紫のニヤついた笑みが、忌々しいことに今でもはっきりと脳裏に焼き付いている。

 

 

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