4月3日の花:ヤマブキ=待ちかねて 庵、京/2002 |
「……」 目覚めてから暫く、京はただぼんやりとしていた。 現実へと戻ってきて漸く緩やかに動き出した思考。 自分の眼球にただただ映っていた光景を、視覚が己の働きを思い出したかのように捕らえる。 遠くには見慣れたクロゼット。近くには、庵の首筋。 どうやら無事に戻ってこれたようだ。 京はぼんやりと思う。 夢埋の後遺症だろうか、体が酷く重い。 指一本動かすにも、動かそうと強く意識しなければ動かない。 京は庵の上から身を起こすだけに酷く苦労した。 「……」 その気配に触発されたのか、庵の閉ざされた瞼がかすかに震えた。 「…庵?」 そっと囁くように声を掛ける。 「……」 両の目をぼんやりと開いた庵は何も言わない。 ただ時折、眼球が微かにきろりと動くだけだ。 京もそれ以上は何も言わず、再びその胸元に倒れ込む。 疲れた。 全身の力を抜いて目を閉じる。 庵の体温と心音が心地よい。 規則正しく響くそれに聞き入り、そのままうつらうつらとまどろみ始めた頃、枕にしていたその身体が微かに動いた。 そして耳を擽る声。 「…京」 その声に京は目を開け、再び身を起こす。 先程までの身の重さはもう殆ど感じなくなっていた。 「……」 京は何も言わず、先を促すようにじっと庵を見詰める。 「…不安にさせてすまなかった」 その一言に京はくしゃりと顔を歪ませ、泣きそうに笑った。 「これで思い出さなかったら三行半だったぜ?」 おどけて言い、三度その胸元に倒れ込んで擦り寄る。 「それは困る」 真面目腐った声に京はくつくつと笑い、背に回される腕の感触にその笑みを穏やかなものへと変えた。 「今度、さ…」 さらり、と髪を梳かれる。 その感触に擽ったそうに目を細めて京は囁くように告げる。 「みんなで海、行こうな…」 |