4月10日の花:ウツギ=秘密
社、クリス/97




「出ておいで、僕の炎」
クリスは炎を使う時、必ずそう呟く。
多少の違いはあっても、必ずそれに類似する言葉を呟く。
己の掌で揺らめく青紫の炎。
そこに何かの肯定を求めるように。
クリスにとって、最早それは癖というよりは、儀式に近かったのかもしれない。


遠呂智が目覚めたら、恐らくクリスの体に降りてくるのだろう。
自分たちと違ってクリスは時折遠呂智の夢を見る。
遠呂智が何を見て、何を考えていたのか。
そんな記憶の断片を夢として観る。
肉体的にも、恐らく遠呂智が一番降り易いだろう所、少年の姿で成長が止まっている。
年齢的にも然程可笑しくはない体格なのだが、それでもオロチとしての力が目覚めてからは身長体重の変動は全く無いに等しい。勿論声変わりをする気配も無い。
子供らしい無邪気な残酷さを宿し、けれど誰よりも老衰したような静けさも宿している。
かと思えば嵐のような激しさも持ち合わせている。
人前でのクリスは小生意気な少年を気取っているが、自分たちだけになると途端に他の面が入れ替わり立ち代わり現れる事もよくある事だ。
とは言っても泣くわけでもゲラゲラと笑い転げたりするわけでも無く、暴れるか意気消沈するかのどちらかだったが。
とにかく、クリスは極度の情緒不安定だった。


「あの男!!」
クリスはベッドの上から枕を鷲掴むとそれを壁に叩き付けた。
「山崎!山崎山崎山崎!!!」
まるで目の前に本人が居るかの様に何度も何度も手にしたそれで壁を打つ。
「何て身のほど知らず!彼に手を出すなんて!彼に手を出すなんて!!」
彼、というのは草薙京の事だ。
クリスは山崎竜二が草薙京を半日程度とはいえ拉致監禁したという事実に怒り狂っているのだ。
勿論公の情報ではなく、シェルミーが集めてきた情報の欠片を繋ぎあわせた結果である。
「混血のくせに!ナナシのくせに!!」
ヒステリックに同じ事を繰り返し喚きながら枕で壁を叩き続ける。
「ナナシの分際で彼を手に入れようなんて図々しいにもほどがある!烏滸がましい!!」
クリスはいつも、「草薙京」は「天叢雲命」の魂を宿していても叢雲自身ではない、として京を見下していた。顔を合わせればその口からは皮肉しか出てこないほど。
だが、他人が京に如何こうすると烈火の如く怒り狂う。
クリス自身の想いと遠呂智の寵愛心が入り混じり膨れ上がっているのかもしれない。
ゲーニッツの時はそれなりに大人しかったが、山崎と聞いた途端ブチギレたのだろう。
クリスは只でさえ山崎竜二という存在、人なり自体を嫌っていた。
そこに加えて正式なる遠呂智の首ではない半端モノの上にナナシ…名前を与えられる事の無かった格下(あくまでクリスにとっての認識)の「名無し」の首と来れば。
「遠呂智復活の時には真っ先に血祭りに上げてやる!!」
愛らしい顔を憤怒に歪めながら枕を千切れんばかりに振り回しつづけるクリスの姿から視線を外しながら社は思う。
とりあえず、実は自分も京に手を出したという事は黙って置こう。

 

 

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