4月15日の花:ミズタガラシ=隠者
庵/97




オロチの首を締め上げると、己の体内から蒼い炎が溢れ出した。
細胞の一つ一つが火種となったように炎の柱が立ち昇る。
聞こえるのは炎の音と、
京、
その、眼差し。

紅の炎は蒼炎を飲み込み、天を焼いた。



気付けば、瓦礫の上で寝ていた。
いや、気を失っていたのか。
庵はゆっくりと身を起こす。
全身が痛みを訴える。
土埃に塗れている。
服はぼろぼろだ。
だが生きている。
生きている。
辺りを見回してみる。
瓦礫と砂漠。
山吹色にくすんだ世界。
何処だ、此処は。
ゆらりと立ち上がり、もう一度辺りを見回す。
辺り一帯、瓦礫の山。恐らくコロシアムであっただろう事が残骸の形で察せられる。
そして更に遠くに見えるのは、一面の砂。
地平線の向こうまでの砂漠。
ぐるりと見回す。
何度見ようとも変わらない。
瓦礫、砂漠、彫像。
彫像?
視界の端に引っかかったそれに視線を向ける。
瓦礫の上に、人の形をしたものが立っている。
全身を襤褸で覆ったそれは、目深に被ったローブの所為で顔は見えなかったがこちらを見ているような気がした。

「これもさだめか」

「それ」が、喋った。
その声は、よく知った声に似ていた。
草薙京の声に、少しだけ似ていた。
「何者だ」
庵の問いかけにそれは答えない。

「私は彼奴が迷うておるのを知っていた。
されど私は何も言わなかった。
それが彼奴のためだと思っていた」

まるでその言葉をインプットされたようにそれは淡々と語った。

「とんだ思い違いだ。
それが一層、彼奴を追い詰めてしまった。
彼奴はとても強く、そして優しい。
それは同時にとても弱く、脆い反面を抱いていた。
それを知っていて、何故何もしなかったのか。
私は最悪の事態を迎えて漸く己の間違いに気付いた」

風が、出てきた。
風は見る間に勢いを増し、砂粒が全身を打つ。
全身に意識を巡らせなければ吹き飛ばされてしまいそうな風の中、それの声だけははっきりと聞こえた。

「けれど時は既に遅し。
スサノオは子供の様に我が侭で、独占欲は並大抵ではない。
己の血脈続く限り、手放す積もりはないのだと悟った」

風は嵐と化し、庵は立っていられなくなり膝を着く。
顔を打ち付ける砂を両腕で庇う。
聴覚はびょうびょうという嵐の音で破裂しそうになる。

「それから幾度と無く我らは出会い、惹かれあい、
けれど一度として手を取り合ったまま終わりを迎えられた事はない。
…これが報いなのかもしれぬ」

けれど声だけは変わらず聞こえてくる。
そこで漸くその声が聴覚で捕らえている声ではないの知った。
頭の中に直接響くその声。

「我らは囚われているのだ」


スサノオという名の柵に。


そこで庵の意識は再び途切れた。

 

 

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