11月1日の花:オーニソガラム・アラビカム=無垢
京/99





「ふざけやがって…!」
纏う物は白い手術衣一枚。靴すら履いてはいない。
時折ぐらつく意識を無理矢理叩き起こしながら京は暗い通路を進む。
「!」
咄嗟にその場を飛び退くと、今まで自分が居た所の天井が落ちた。
崩れたコンクリートの塊は通路を塞ぎ、京の行く先を塞ぐ。
「ちっ…」
どうやらこのコンクリートの山を登って空いた穴から上の階へ行くしかない様だ。
だが、この体が自分の意思通りに動いてくれるだろうか。
「やるしかねえって事か」
手頃な所に腕を伸ばしたその時、
「…泣き声?」
思いの外近くから聞こえたその声に京の手が止まる。
そんな声に構っている暇はないと解っている。
けれど、その声はこの施設には似合わぬ子供の声だった。
「ここか…?」
それを見捨てる事の出来なかった京が手近な扉を開けると、声の主はその部屋の中央に居た。
ベビーベッドには程遠い処置台の上で声を上げている一人の赤子。
赤子は京の存在に気付くと徐に泣き止んでじっと京を見上げて来た。
傍らには使用済みの注射器と黄色い液体が詰ったままの注射器が転がっている。
恐らく研究員は実験途中で逃げ出したのだろう。
「…「K−9387」…」
リノリウム床に落ちているカルテと一枚のROM。
恐らくこの赤子も自分のクローンなのだろう。
見捨てるべきだ。
だが、咄嗟に浮かんだその対応法を京は実行できなかった。
もしこれがあの部屋に居た大量の「今の姿の自分」だったのなら躊躇いなど無かっただろう。
けれど。
「…ぁう…」
未だ涙に濡れたままじいっと自分を見詰めてくる眼。
小さくとも懸命に伸ばしてくるその手。
「ああもうっ!」
自分のクローンであろうが、赤子を手に掛けれるほど非情にはなれなかった。
CD−ROMの入った透明ケースを赤子の衣服に捻じ込む。
京はその赤子を抱き上げ、自分の術衣を裂いて体に括り付けながら部屋を出た。
「しっかり捕まってろよ!」
あーうーと緊張感の無い声を聞きながら京は瓦礫に手を掛けた。

 

 

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