11月6日の花:カキ=慈愛
庵京/99




廃ビルに辿り着いても男は何も言わなかった。
みづきを抱いている京に代わり、固形食糧の空き袋が二、三転がっている以外は全て赤子の為だけに購入されたそれらをそこにあったビニル袋に黙々と詰めていった。
そして唯一場違いなCD−ROMに視線が向かい、男の手が一瞬考えるように止まったが何事も無かった様にそれも袋へと押し込まれた。
男が屈めた背を伸ばす頃には埃っぽいコンクリート床には幾ばかのゴミが転がっているだけとなった。
そして彼らは無言のまま薄暗い路地から明るい大通りへと出る。
京が彼に付いて行くと、やがてあるマンションに辿り着いた。
エレベーターを経て辿り着いたその扉の表札には何も記されていない。
彼がキィをドアノブに差し込み、微かな音と共に鍵が解かれた。
靴を脱がずにそのまま室内へ向かう男の姿にここが日本ではない事を思い出す。
だが、中へと入ってみるとその部屋は日本に居た頃の彼の部屋と何処と無く間取りが似ていた。
「ベッドで良いのか」
「あ、いや…掛け布団が重いと駄目らしいからバスタオルとかあればそれを重ねて…」
疾うに寝入っているみづきをソファの上に誂えたバスタオル製のベッドに寝かせ、漸く京はほっと息を吐いた。
「それで、その子供は何だ」
男がコーヒーの注がれたカップを二つ、テーブルに置いて京の向かいのソファに腰を下ろす。
「えと…」
どう説明すべきか言い澱んでいると、男はあっさりとそれを打ち破った。
「それもお前のクローンか」
「…その……うん」
京が肯定すると同時に男は身を乗り出し、テーブルに片膝を付いて京へと腕を伸ばす。
「漸く、見つけた」
「い…」
その唇は男の名を紡ぐより早く彼の唇に塞がれた。
「…っ…」
相変わらず温度の低い舌に自分の舌を絡め取られる。
「…ちょっ、ストップ!」
彼の手がシャツの裾へと伸びた途端、京は慌てて唇を放してその手の侵入を止める。
「その前にシャワー浴びさせろ!」
「後で良いだろう」
「良くねえっつの!脱走してから風呂入ってねえんだよ!」
「気にせん」
「俺がするっつーの!」
げしっと迫る男の胸板を蹴り飛ばして京はバスルームであろう部屋へと駆け込んだ。
「バカ庵!デリカシーの無い奴は嫌われるぞ!」

 

 

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